皆さんは“モロッコ”と聞いてどのようなイメージを持たれるでしょうか?

“遠いアフリカ西岸に位置するマグレブ(夕日の沈む)の国“、“外人部隊とカスバの女”、“地中海文化遺跡と旧市街の迷路”、“アルガンオイルとハッシシ”、“大西洋マグロとタコ”、、等々、世代や関心のある分野、所属する業界などによってはいろいろなイメージを持たれているのではないかと思います。この様に多様な魅力にあふれたモロッコについて、最近の動きを中心に触れてみたいと思います。

 

 モロッコは、ムハンマド6世を元首とする立憲君主国家(正式名称はモロッコ王国)であり、その面積は44万6,000平方キロメートル(日本の約1.2倍)です。人口は3,647万人(2019年)、公用語はアラビア語、ベルベル語であるが、フランス語、スペイン語、英語も広く通用している。宗教はイスラム教(スンニ派)が殆どであり、治安が比較的安定していることから、多くの観光客が訪れています。モロッコには9つの世界文化遺産があり、特にフェズやマラケシュの旧市街は有名です。現国王は観光振興にも力を入れており、映画や小説、絵画などで描かれたオリエンタリズムや温暖な気候や雄大な砂漠の景観などを求めて、ヨーロッパを中心に多くの観光客が訪れており(2019年の入込観光客数は約1,300万人)、日本からもCovid-19感染拡大前ではあるが年間約3万人が訪れています。往年の名画である「カサブランカ」や「知りすぎた男」等に思い出がある向きには、若き日のノスタルジーを求めてモロッコへ足を延ばされては如何でしょうか?

 

 モロッコは、アメリカの独立を他国に先駆けて最初に承認した(1777年)国であることから、アメリカとは常に友好的な関係を維持しています。アメリカにとってモロッコは政治的、経済的には重要ではありません。しかし、北大西洋条約機構(NATO)や第6艦隊の地中海地域での展開を考えるうえで、モロッコが地中海の入口という地政学的に重要な位置にあることがモロッコの戦略的な重要性を高めているのです。モロッコ政府もアラブ・サミットやイスラム諸国との関係調整などで議長国などを買って出て、地域での紛争解決の調停役を果たすほか、アメリカとのパイプ役の機能も果たしています。EUも東方拡大政策により旧ソ連圏のEU加盟を積極的に進めた後は対地中海戦略を打ち出しており、マグレブ諸国だけでなく地中海東部の諸国への接近も図っています。

 

 こうした動きに対応したように、モロッコ政府は自動車部品、航空機部品、電子部品などの 7 つの成長産業に重点を置く 「振興計画(Plan Emergence)」を策定(2005年)、2014 年には同計画の延長形にあたる「産業化促進計画(Plan d’Acceleration Industrielle)」を策定し、工業化と雇用創出を目指す方針を明らかにしてきました。モロッコ 政府によるこうした明確な開発計画のもとで投資誘致の基盤として港湾や空港の整備が進められた結果、アメリカやヨーロッパ諸国からの投資誘致や観光振興で有効に働く要因となっています。特に、GDPの16%を占めるに至った自動車・航空機部品部門の成長を重要視しており、ヨーロッパ(特に、旧宗主国であるフランス)の自動車関連産業の積極的な誘致を図っています。日産と提携関係にあるルノーはアフリカ最大の自動車組立工場(年産40万台)を、同じくプジョーは年産20万台の自動車組立工場をタンジェ経済特区に立地させています。

 日本の自動車部品メーカー数社のタンジェ地区への進出も見られています。なお、タンジェ地区と首都ラバトや国際経済都市のカサブランカとは、アフリカで最初の高速鉄道(LGV)が2時間で結んでおり、快適に移動ができるようです。

 

 インフラ整備については、ジブラルタル海峡(対岸のスペインとの距離は14Km)に面したタンジェ深海港を開発して西アフリカ・欧州・中東地域への物流のハブとしての機能を果たしています。タンジェ深海港(MED1)では2008年から2つのターミナルが稼働しており、2018年時点で約347万TEU(20フィートコンテナ換算)のコンテナ取扱貨物量を持つアフリカ最大のコンテナ港となっています。同MED2にも2つのコンテナターミナルが計画されており、2ターミナルの合計で600万TEUのコンテナ取扱能力を持つ見込みとなっています。これが運用されれば、タンジェ深海港全体のコンテナ取扱能力は900万TEUを超える予定で、地中海最大規模となることが見込まれています。これにより、欧州~アフリカ間および地中海~大西洋間をつなぐ国際物流のハブとしての地位をさらに高めるものとみられています。タンジェMED港は、モロッコと77カ国186港を結ぶ国際貿易港となっており、2018年時点で国連貿易開発会議(UNCTAD)の定期船サービスやコンテナ取扱能力などを測る指数「UNCTAD Liner Shipping Connectivity Index」において、モロッコは16位にランクされています(日本は14位)。

 

 タンジェMED港はモロッコ政府の公的機関であるタンジェ地中海特別庁(TMSA)が管轄しています。TMSAはタンジェエリアにある複数のフリーゾーンやインダストリアルゾーンも管轄しており、TMSAが管轄するエリア全体での投資総額は約9,680億円以上とされています。タンジェ港から25キロのTanger Automotive City (TAC)には、既に65億DHが投資され、7,000人の雇用が創出されているとしています。TMSAによると、現在の敷地面積300ヘクタールを拡大するためさらに200ヘクタールの用地を整備し、500ヘクタールに及ぶモロッコ最大規模のフリーゾーンになることが予定されています。また、タンジェエリアにはすでに900社以上が拠点を設立し、7万5,000人以上の直接雇用を創出しているとされています。なお、日本の某商社はTMSAがタンジェ地区に開発した5件の経済特区の販売代理契約を締結して日本企業の進出を支援しています。

         Tanger Med Port  

           Tanger Automotive City

 

 しかし、順調そうにみえるモロッコの経済振興策や外国直接投資の誘致においても、実際に現地へ進出した日系企業の話によれば問題がないわけではないようです。小職が関係したモロッコ政府代表と現地進出済日本企業による意見交換会では、以下の課題が指摘されていました。

1.仲介貿易決済において、日本企業の対外支払いに対する外国為替管理局による許可発出に大きな遅れが出ている、

2.モロッコで事業活動を行っている日本企業のVAT還付請求に関して、モロッコ大蔵省の還付が3年以上に亘り遅延し、当該日本企業の資金繰りに深刻な影響を与えている、

3.モロッコ電力公社の取引先への支払は日常的に遅延しており、取引先は資金繰りに困難を来たしている。モロッコビジネス社会に蔓延する支払い遅延問題を解決しない限り外国企業のモロッコ進出にははずみがつかず、この問題が更に深刻になればモロッコから撤退する外国企業も出てくる懸念がある、

4.モロッコ企業の生産性を向上させることが外国企業の誘致に繋がる。

 

 世界はCovid-19終了後の経済振興策について新しいパラダイムに基づく戦略の見直しをせまられていますが、モロッコも他国に負けない優位性のある戦略とこれまでに整備してきたインフラ施設を有効に活用して、経済の再生に向けて活動を加速させて欲しいと願っています。

                                    以上。

元山純一郎

 

参考資料:

https://www.jetro.go.jp/biznews/2019/07/d001d387c5188fea.html

“モロッコを知るための65章” 私市正年・佐藤健太郎、株式会社明石書店、2007年