#21 コクテイル書房 店主 狩野俊さん

 川端康成、林芙美子、中原中也、名だたる文豪が住んだまち高円寺。駅から商店街を歩いて10分ほどのところにその店はある。大正時代に建てられた築100年の古民家を改装した趣のある店舗の引き戸を開けると、壁一面の本棚に整然と本が並び、目の前にはカウンターがあった。席についてみると、原稿用紙に手書きで書かれたメニューが渡される。そこには「文学カレー漱石」「太宰」「中原中也サワー」といった魅力的な文字が並んでいる。ここは古本屋でありながらご飯やお酒も楽しめるようだ。本好き、ごはん好き、お酒好き、話好きな人たちが全国から集まる古本酒場コクテイル書房の店主 狩野俊さんに話をうかがった。

(※ この記事は、「逆算の経営」#13に登場していただいたNPO法人テラコヤとの協働企画の第一弾として、テラコヤ記者部に所属する高校生2名が取材を行い、中小企業診断士の監修のもと執筆したものです。)

 

飲食店と古本屋、それぞれのこだわり

 

― 飲食店として提供されているメニューの中に、作家さんの名前のカレーがありますね。どんな味なのかすごく気になります。作家さんが実際に食べていたものなのですか。

 

狩野 実際に食べていたと言うよりは、作家さんが食べて喜んでもらえるカレーを目指して作っています。例えば「文学カレー漱石」だったら、 漱石は牛肉や甘いものが大好きだったので、牛肉をメインの具材にして、隠し味にイチゴジャムを使うなどですね。また、牛肉は漱石の小説『坊ちゃん』の舞台になった愛媛県の和牛を使ったりとこだわっています。あとは、漱石はずっと死ぬまで持病持ちだったんですけども、その症状を和らげるようなスパイスを入れたりもしています。

コクテイル書房店主 狩野俊さん
後ろの棚は「本の長屋」の本棚

― 漱石への思いやりを感じますね。ありがとうございます。

では今度は古本屋さんの側面からの質問なのですが、本の配置で工夫している点はありますか。

 

狩野 基本は取りやすいところに置いてますね。あとは、お客さんにはカウンターに座ってもらうんですけど、そこから見えるところには、新刊書店ではあまり並んでいないような古本屋ならではの本を並べるようにしています。いま古本屋は数が少ないし、入ってみる機会もあまりないと思うんですが、古本屋にはこんな本が並んでいるんだ、ということを実感してもらえると嬉しいですね。

 

面倒だけど面白い、嫌いだけど好き!?

― 今ではカフェが併設された本屋さんはよく見かけますが、20年以上前に古本酒場を始められた時は、とても新しい試みだったのではないかと思います。新しいことを始められるのが得意なのでしょうか。

 

狩野 もともと勤めていた神保町の書店がつぶれて、お店を始めざるを得なかった。どこにも居場所がないから、この店で自分の居場所を作るしかなかったんです。

 ただ、これは最近思い出したんですが、昔から面白い人と面白い話をしたいと思っていたんです。ずっと面白い人と面白い話をしたいなと思っていて、そういう風に店も作ってきたので、今お店で一番面白がっているのは僕だと思います。

 

― 以前、「人間が嫌い」とおっしゃっている記事を拝見しました。人との関わりが欠かせないこのお店では意外でした。今のお話をお伺いしても本当に人間が嫌いでは、1997年にオープンされて今までずっと続けてこられたとは思いません。

 

狩野 人間が嫌いだけど好きなんでしょうね。寂しがり屋だったりもするので、人が嫌いでずっと1人でいると寂しくなって会いたくなって、でもやっぱり会って話をしたりすると面倒になって、っていうことの繰り返しで。お店はやっていたらいつの間にか長く続いちゃったというのが実感です。時代に対応して色々変化していったことで続けられたのではないかと感じます。

古い木造建築の中で本に囲まれて、ゆっくりとした時間を過ごすことができる。

 

経営は「言葉使い」「学び」「価格設定」から

 

― お店の経営について教えてください。お店を経営するうえで、大切にしていることはありますか。

 

狩野 言葉をちゃんと使うということです。お店は店主自身のものだと思っている人が多いと思いますが、お客さんがいないと成立しないし、お店で使う道具を製造してくれる人がいないと成立しない。お店は社会的なものなので、人を大事にしないとやっていけない。その時に一番大切なことは、人にちゃんとした嘘のない言葉で話をするとか、丁寧な言葉で話をするということだと思っています。

 

― 言葉を大切にするというのは常に意識されているのでしょうか。

 

狩野 意識はしているけど、常に考えているわけではないです。

 

― それではお店やお店に関係することを考えている時間はどのくらいの割合でしょうか。

 

狩野 95%くらいかなあ。だけど自分の中で仕事と遊びという区分けはできていないですね。休みの日は、よく妻と散歩をするんですが、歩きながらいろいろと考えたことが店の改装のヒントになったり、結局は仕事に結びついたりするので、それがまた面白いです。

 

― 今までお店を経営している中で、これは失敗したなと思ったことはありますか。

 

狩野 具体的に思いあたることはないです。失敗したとしても失敗から学べば良くて、その失敗がなかったら気が付かなかったことがたくさんあるはずなので、失敗は悪くないなと思います。今の若い人は失敗する機会がどんどんなくなっているように感じます。人間が成長する時って、想像を超えた事態が降りかかってきた時なんじゃないかと思うので、そういう機会はあった方がいいと思います。

 

― 店舗運営に興味がある方に、アドバイスがあればお願いします。

 

狩野 小売やサービスで言うと、安売りはしないほうがいい。安くて大量に売れる時代はとうに過ぎ去ったので、色んな意味で付加価値をつけて、高価格帯のものを販売したり提供したりすることがますます大事になると思っています。あと、隣の蕎麦屋のおじいちゃんはすごい経営者なんですが、なにがすごいってあんまりもうけようとしないんですよ。ボロ儲けをすることで何か悪いことが起きるっていうことを、感覚的に知っているんだと思います。

 

本の長屋、目指すはまちづくり

 

― 今後、コクテイル書房で実施しようとしているイベントや取り組みについて教えてください。

 

狩野 新しく「本の長屋」という取り組みを始めようとしています。具体的にどういうものかというと、(後ろの棚を指して)この一つの棚に一人箱店主がいて、各々がそこで自分の本屋を開くんです。この店主が大体100人いて、100人が100の本屋を営んでいます。

 また、新しい取り組みとして、「本の長屋」で店番をすると賃金の代わりに「BOOK」という本との交換券が貰えるようにしています。つまり働くと本が手に入る。労働と本の交換というのは楽しいのではないかと考えました。

 「本の長屋」は、シェア型書店と言われているものに近いと思われるかもしれませんが、僕のやりたいことがシェア型書店かって言われると、それはまた少し違っています。僕がしたいのは、単に小さい本屋を集めることではなく、小さい本屋の店主の人たちと何かをするってことなんです。店を作るんじゃなくてまちを作りたいという思いでやっています。まちは一人で出来るものではなくて、様々な人が集まってなにか大きなことをするものだと思います。とにかく大勢で前に進んでいくというイメージです。具体的に何をするかは箱店主さんとも話し合ってこれから決めていく予定です。

本の長屋で店番をした対価としてもらえる「BOOK」

― 狩野さんの中では、なにか具体的なイメージがあるのでしょうか。

 

狩野 本の長屋の店主と一緒に、本のまちをつくりたいと考えています。イメージとしては、どこの駅からも遠いところに、たとえば作家が泊まるレジデンス、ゲストハウス、カフェなどのお店があって、もちろん書店や印刷所などもあって、そこなら本が一から全部作れてしまう、そんなまちです。それが実現すれば、そこには本好きな人が集まってきて、もしかしたら本好きな人のための喫茶店ができるかもしれないし、レストランができるかもしれないし、新しい本屋ができるかもしれない。そうするとまちの周辺が変わってくる。そういうまちはたぶん住みやすいのではないかと思います。

 大きな施設ができることによってまち全体が変わるということがあるのですが、それを公共ではなく民間の僕とか仲間がやるというのは面白いのではないかと思っていて、これは近いうちにやりたいと考えています。

改装中の「本の長屋」の2階

夢は、ずっと働ける老人施設

 

― 個人的な夢があれば、教えていただけますか。

 

狩野 個人的には、10年くらい先に老人施設を作りたいと思っています。老人施設には色々あって、高級なところだと部屋や食事が豪華だったり、ツアーに連れて行ってもらえたりするところもあるのですが、生きるという意味では高いところでも安いところでもそんなに変わらないと思っています。

 僕は、一番の幸せはずっと働いているということなのではないかと思うんです。社会に居場所があるということもそうですし、人に求められるということは幸せです。だから老人施設なんだけれども、例えばそこが本屋と隣接していて働くことができたりとか、その本屋の隣には保育園があって小さい子供と触れ合うことができたりとか、そういったことが出来たらいいのではないかと思います。僕はそういうところに入りたいと思うんです。だいぶ先にはなりますが、自分が入りたいなと思うような施設を作りたいですね。

 

― 私も将来そこに入りたいです。

 

狩野 是非入ってください。 

 

※ 取材内容は2023年5月20日現在

 

[団体情報]

コクテイル書房

古本酒場、レトルトカレーの通販、本の長屋(共同書店)の運営等

HP:https://www.koenji-cocktail.info/

X(旧Twitter):https://twitter.com/cocktail_books

Instagram:https://www.instagram.com/cocktailbooks/

 

〒166-0002 東京都杉並区高円寺北3-8-13

TEL: 03-3310-8130

e-mail:cocktailbooks@live.jp

(余録)

 古いまちや建物が好きだけど、時代に合わせてお店の形態を変えたり新しい商品を開発したり。人間はあまり好きじゃないけどお店にくる人と話をすることが面白くて人が集まる場所を作っていたり。さらに、直感で新しいことをはじめてみると言いながらお休みの日も常にお店のことを考えている。一見すると矛盾する感情や行動のようにみえても、そのなかには変わらない信念のようなものがあり、苦労されながらも楽しんでお店を運営されている様子がうかがえました。「安売りはしないほうがいい」「もうけすぎてはいけない」「嘘のない言葉で話をする」「人に求められることが幸せ」など、三方よしの精神にも通じる考えだと思います。周りに人が集まり、お店を長く続けられる秘訣は、このようなところにあるのではないかと感じました。

(NPO法人テラコヤ 記者部 相楽、渡部

  中小企業診断士 水越 嘉隆監修)

 

※「逆算の経営」#13 NPO法人テラコヤの記事(子供たちが「自分の人生」を見つける場)はこちら

 

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