こんにちは! 今回は、エビという食材をもとに世界の貿易を考えてみようと思います。

 

最初に、エビの種類から。エビには大きく分けて、歩行するエビと泳ぐエビの二種類があります。前者はイセエビが典型例でロブスター、後者が一般的なエビで、大きいもの(概ね5cm以上)がプローン、小さいものがシュリンプと呼称されます。ここで取り上げるのは一般的な食材であるプローン、シュリンプです。(ちなみに、米国では、大きさにこだわらず大体みなシュリンプと呼ばれるようです)

インド産バナメイ インドネシア産ブラックタイガー
   アルゼンチン産赤エビ
ミャンマー産ホワイト
 

皆さんがデパ地下やスーパーに行かれた際、鮮魚売場で、エビのパックを手に取ってその原産地を見てみて下さい。クルマエビ系のバナメイ、ブラックタイガー、ホワイトなら、タイ、ベトナム、インドネシア、マレーシア、ミャンマー、インド、パプア・ニューギニア、エクアドル、ホンジュラス —、クルマエビ系とはちょっと異なる赤エビはアルゼンチン、甘エビ系ならグリーンランド、カナダ —。日本の市場にいかに多くの国々からエビが集まっているかに、あらためて驚かれることでしょう。
21世紀の今、エビは冷凍エビとして世界を旅するまさにグローバルな貿易財となっています。

1.日本の輸入量の推移

 

日本経済新聞2014年12月13日号に、「エビ消費大国の落日」という記事が掲載されていました。日本のエビの輸入量が20年で半減した、という内容です。
 えっ、そんなに減ったのか、というのが最初の感想でした。日本は世界一のエビの輸入大国だったイメージがあり、この20年で自分がエビを食べる機会がそう減ったとは思えなかったからです。
 そこで、財務省の貿易統計から、最近30年間の冷凍エビの輸入量、その平均単価の推移を調べてみました。調査対象は輸入量の90%以上を占める「その他の冷凍エビ」(いわゆる南方系冷凍エビで、養殖やアルゼンチン赤エビも入りますが、甘エビ・ボタンエビが入る冷水系冷凍エビは含みません)としました。結果が次のグラフです。

出所)財務省貿易統計から作成
 

エビは日本では水産物の中で一番早く、1961年に輸入が自由化されました。日本全体がバブルの好景気に沸いていた頃は、エビの輸入量も景気に歩調を合わせるかのようにうなぎ上りに増加しました。1984年の143千㌧が最盛期の1994年には2倍以上の303千㌧に達します。1986~1998年の13年間、エビは、日本の農林水産物輸入の中で、トウモロコシや小麦の穀類を抑えて、金額ベースで第一位をキープし続けました。しかし、バブル崩壊からやや遅れてエビ輸入バブルも縮小を始め、1997年にはエビ輸入量世界一の座を米国に譲ります。そして、日本経済新聞に報道されたように、2014年、2015年の輸入量は、価格上昇の影響もあって、それぞれ147千㌧、139千㌧とピーク時の半分、1984年の水準に戻ってしまいました。(その後の2016年、2017年はやや数量を戻しています)  どうして、こうなってしまったのでしょう。
 国産が増えた? いやいや、そんなことはありません。日本のエビの生産量は1975年には77千㌧ありましたが、ずっと縮小の一途をたどり2016年には18千㌧となっています。その大半は、シバエビ、サクラエビなどの小型のエビです。養殖元祖のクルマエビは養殖と天然合わせても2千㌧に満たず、庶民の食卓に登ることはまずありません。
 もうひとつ考えられることがあります。エビの輸入が、すしネタ用や、てんぷら・フライ用に加工が進んだ状態での輸入に置き換わり、未加工状態での冷凍エビの輸入が減ってしまっている可能性です。あとは揚げればいいだけの状態、あるいはチンすればいいだけの状態での冷凍食品がこれだけ普及しましたから、その可能性はありそうです。そこで、再び財務省の貿易統計から、エビ調整品の大部分を占めるボイル・すしエビ類,エビフライ類の輸入量を取り出してみました。

出所)財務省貿易統計から作成
   

確かに、90年代以降エビ調整品の輸入量は一本調子で増えており、90年代半ばから冷凍エビの輸入量が減りだした一因ではありそうです。しかし、総量が一桁違いますので、冷凍エビ輸入の減少分に置き換わるにはとても足りません。また、直近数年間はエビ調整品も冷凍エビと同じように輸入量を減らしています。やはり、エビ離れは事実のようです。

2.日本のエビ食

 

日本でエビ消費の拡大が始まったのは、バブル期より時代をもっと遡ります。1960年代後半から1970年代、エビにとどまらず、日本の食文化は大きく変わりました。それをもたらしたのは、自動車道路網の整備、冷蔵・冷凍保存技術の進歩を基にしたコールドチェーンの完成です。それまでは、生鮮品は近隣で採れた(獲れた)旬のものを食べるしかなかったのが、時期を問わず、全国各地から、或いは世界から集まる様々なものを味わえる時代になりました。エビも冷凍して保存、全国に流通させることが可能となりました。
そこにもう一つの事情が加わります。エビは、もともとイカなどと比べて生産・流通量が少なく、「ちょっと高級」なイメージがありました。そう、暮らしが日々豊かになりつつあった時代、ちょっとしたぜいたく消費の対象になりうる食材でした。高度成長期終盤の日本は工業製品を東南アジアに売りまくっており、輸出先の国々から何かものを買わねばならない必要性に迫られていました。エビはまさにその目的にドンピシャの商品だったのです。こうして輸入された冷凍エビを国内に広めるプロモーションが始まります。

お蕎麦屋さんのエビ天
(調布 増田屋)
トンカツ屋さんのエビフライ
(新宿さぼてん)
バナメイによる
 エビチリ
アルゼンチン赤エビ
  紹興酒蒸し

家電製品を揃えたダイニングキッチンで、ちょっと豊かになった気分でエビを食べる、そういった“中流”家庭のファッション感覚にも訴えて、エビの消費は増えていきます。「日本人はエビ好き」と言われますが、供給側の思惑でそうさせられた一面もありそうです。
日本のエビ輸入がピークを打った1994年の時点で、エビはとうに、ありふれた普通の食材になっていました。かつての「ちょっと高級」なイメージは、もはやありません。そして、家庭でも、かつてと違い、調理にあまり時間をかけられなくなっていました。エビは背ワタ取り、殻むきに始まり、調理に手間がかかります。また健康志向から、油調理を避ける傾向が強まり、後片付けの手間もあって家庭での揚げ物調理そのものが減りました。 さらに、ここが一番の問題ですが、おせちなどの特別なケースはともかく、日本の普通食としてのエビ調理が、すし、てんぷら、フライから他に広がらなかったことがあります。近年でこそエビチリ、エビマヨ、サラダエビなど業界の工夫が見られるようになりましたが、中華料理の「白灼蝦」のように、茹でたエビをてんこ盛りにして、殻をむきながらむしゃむしゃ食べるような、シンプルにして量をこなす豪快な料理は、日本の家庭にはついぞ根づきませんでした。
総務省統計局の「家計調査年報(家計収支編)」に「一世帯当り品目別支出金額」という項目があります。そこで、「生鮮魚介」中の「エビ」を見てみました。

  1992 2004 2008 2012 2016
年間支出金額(円) 8,204 4,092 2,838 2,491 2,377
         出所)総務省統計局 家計調査年報(家計収支編)<品目分類> より作成  

生鮮魚介全般への支出が減っているのですが、その中でもエビに費やす支出は、1992年からの24年間で四分の一近くにまで減ったことになります。日本のエビ輸入量の減少は、家庭での消費が減ったことが一番の原因のようです。
食材の流通でもグローバル化が進み、色々な美味しい素材が容易に手に入る現在、家庭食でのエビの地位が相対的に大きく低下したことは間違いのないところです。

3.世界ではエビ生産・消費の拡大が進む

 日本のエビ消費の退潮とは正反対なのが、世界の生産・消費です。世界のエビ生産量の推移、2016年の国別生産量上位十か国は次の通りです。            出所)国際統計専門サイトGlobal Noteより作成      (元データはFAO Yearbook of Fishery and Aquaculture Statistics)  

グラフからわかるように、1975年に1,554千㌧だった世界の生産量は、41年後の2016年には約7倍の10,782千㌧に増加しています。そして、この増加の大半は養殖によるものです。1975年の養殖のシェアはわずか1.7%、それが今では60%を超え、天然ものの漁獲量を上回ってしまいました。養殖による増産を担ったのは、主に東南・南アジア、そして中国です。
当初、エビの増産を支えたのは日本の消費の増加です。かつて、エビの貿易は、東南・南アジアから、日本(及び韓国・香港)に向かうアジア域内の垂直貿易でした。ところが、1990年代に日本市場が退潮期に入ったのに対し、欧米(特に米国)のエビの消費が増えていきます。健康志向で水産物の消費が伸びたこと、欧州で狂牛病や口蹄疫が発生したことなども影響したかもしれません。そして、アジアからの流入による供給増加で価格が安くなったことが消費を刺激しました。米国は、2016年に調整品も含めたエビの輸入量が600千㌧を突破、一大輸入国になっています。シュリンプカクテル、シュリンプボイル、ケイジャンシュリンプ、ガーリックシュリンプ、— 調理の仕方は様々です。  養殖エビはグローバル貿易に親和的だと言えるでしょう。先進国は国内の生産量が限られるため輸入を制限する必要性があまりありません。エビ養殖・加工技術の適用は比較的容易で、途上国でも短期間で供給力をつけることができます。こうしてエビは、生産地から消費地へと、世界中を流通する貿易財になりました。その間、中国をはじめ、アジアも豊かになりました。アジアは、供給する側であるだけでなく、消費する側にもなりました。特に中国の伸びが著しく、中国は世界最大のエビ生産国であるとともに、米国に比肩する輸入大国にもなっています。

4.消費を拡大したエビの養殖-始まりは日本、そして台湾から世界に広まった

  

それではエビの養殖はどのようにして拡大したのでしょうか。 そもそもは、日本で福永元作氏らが浅瀬での畜養の伝統を基礎に、1960年代にクルマエビの養殖技術を確立、商業生産を始めたことが発端です。そして日本に学び福永氏の弟子筋にあたる台湾の寥一永氏が、1970年代に台湾でブラックタイガー(和名:ウシエビ、台湾名:草蝦)の養殖方法を確立します。ブラックタイガーはクルマエビより成長が速い。資本投下がなされ、人口養殖地が作られて、人工飼料の開発、科学的管理による高密度集約養殖が広がりました。1980~90年代、この集約養殖技術が、台湾から東南・南アジアに拡散、亜熱帯の地はエビの養殖地帯となります。
生産されたエビは日本がどんどん消費してくれるから、生産量が増加する、すると価格が下がる、価格が下がるとまた消費が伸びる、さらに生産への参入が増える、という生産・需要拡大のサイクルになっていたのが1980~90年代でした。その間、エビの養殖技術はアジアから中南米や中東の地にも伝わっていきます。
一方で、集約養殖の弊害も言われるようになってきました。マングローブ林や沿岸環境の破壊、人工飼料の過剰給餌による水質・土壌汚染、末端の過酷な就労環境、突発する病気蔓延などです。1988年ウィルスが蔓延、台湾のブラックタイガー養殖は壊滅的打撃を受けました。その後も、エビ養殖はアジアの各地で数年おきに病害に見舞われるようになります。そのため、アジアのエビ養殖は、1990年代末ごろから、中南米原産で、病気に強いと言われ、ブラックタイガーよりもさらに生産効率の良いバナメイに急速にシフトし、今では世界中の養殖でバナメイが主になっています。
しかし、そのバナメイでも2013年にタイで病害(EMS早期致死病)が広がり、タイの生産量が前年比で40%も減少、それが原因で価格が高騰し、日本の冷凍エビ輸入量も2014年は全体で前年比15%の減少となりました。

5.日本のエビ輸入先としてのベトナムとアルゼンチン

次に日本の冷凍エビ輸入先を見てみましょう。
2017年日本の冷凍エビ輸入量は、二年連続で前年比やや増加し157千㌧でした。その輸入先別の数量シェアを円グラフにしてみました。
上位6ヶ国は、順位の変動はあるものの2011年以降変わりません。この6ヶ国の中から、ベトナムと、アルゼンチンに注目してみます。

両国からの近年の輸入量推移は棒グラフの通りです。輸入先としての国別の順位は、ベトナムは2002年以降、常に1~2位を保っていて、近年も変わりません。アルゼンチンは、2010年までは10位以内に入っていませんでしたが、2011年以降、次第に順位を上げ、直近4年間は4位につけていて、2017年は水揚げ高が増えたことで日本の輸入量も一挙に5千㌧増加しました。

 出所)いずれも財務省貿易統計から作成
(1)ベトナム

2017年ベトナムの冷凍エビ輸出額は38.5億㌦で前年より22.3%も増加しました。2016年に最多だった米国向けが、アンチダンピング課税問題が再び起きたことで減少しましたが、EU向け、中国向けが大きく増加、日本向けも増加しました。ベトナムはエビの大生産国、輸出国になっています。
 出所)日刊水産経済新聞2018/3/22より作成
ベトナムでエビの輸出向け養殖が本格的に始まったのは1990年前後からです。水産加工業は国策として振興されましたが、早くから民営化され、HACCP導入など海外市場に向けた努力を積み重ねてきました。
2001年米越通商協定発効が契機となり、米国向け輸出が日本向けを超えました。しかし、米国でアンチダンピング提訴を受ける事態となったため、2004年に対米輸出量を縮小し対欧州、対日輸出の拡大に転じました。その隙にインドネシアが日本から米国にシフトしたので、対日輸出ではベトナムが首位になり、以後14年のうち11年首位の座にあります。
ベトナムのエビ輸出は、無頭殻付きよりも、むきエビ、伸ばしエビが主力です。


(2)アルゼンチン

天然エビであるアルゼンチン赤エビは、2011年頃から日本市場でも存在感が増しだし、今や有頭エビの主役になりつつあります。
 このエビは、アルゼンチン南部、大西洋に面したサンホルヘ湾近くの限られた漁場でほとんどが漁獲されます。水深100mほどの海域に生息する成長の速い1年魚で、絶好のタイミングに当たれば「沸く」ように収穫されるので、他のエビに比べると製品価格を安く抑えられるとのことです。
 過去はほとんどが有頭の形で加工会社の資本供給元であるスペイン、イタリア等欧州向けに輸出されてきましたが、欧州通貨危機で欧州向けが不調となったのを機に日本、アジアにも振り向けられました。日本向けの多くは、刺身用を前提に船上でIQFなどの急速冷凍で製造された鮮度の良い商品になっています。


地図データ©2018 Google 日本 漁場海域を示す楕円は筆者
 

アルゼンチン赤エビの輸出も、近年は中国向けが急増中です。2016年の国別輸出量では、日本向けは、スペイン、中国、イタリアに次いで4位となっています。
 注)IQF:Individual Quick Frozen 個別急速冷凍(かたまりでなく、一尾ずつバラバラに凍結される)

6.終わりに

 

ベトナム、アルゼンチンの例でも見られるように、エビの供給は、情勢の変化に応じて容易に振り向け先を変えます。冷凍で長期保存できるため供給調整が可能で、参入障壁も、関税障壁も低いエビは、自由貿易体制を謳歌してグローバル市場で取引される商材だと言えます。
ここ二年は若干持ち直したとはいえ消費が頭打ちとなった日本をしり目に、米国、欧州や、中国をはじめとする新興国群での消費はまだまだ伸びることが見込まれます。また、アジアで確立した技術に、中南米原産のバナメイが結びついたエビの養殖も、東南・南アジア、中国、中南米諸国ほかで増産基調が続いており、病害のリスクを除けば供給面での不安も当面はなさそうです。 
世界のエビ取引における日本の地盤沈下はさらに進むと思われ、日本が買い負ける事態も出てきそうですが、嘆くばかりでなく、世界のエビ料理に学び、新しい消費の仕方をトライしてみるのもよいかもしれません。
なお、集約養殖で目立つようになった弊害をよしとせず、生産効率は悪くとも、環境負荷が低くサステイナブルな低密度の粗放養殖を見直そうではないか、という取り組みも行われていることを最後に申し添えておきます。

【主な参考文献】
日本経済新聞 2014/12/13 「『エビ消費大国』の落日 輸入量、20年で半減」
日刊水産経済新聞 2017/3/14 「エビ特集:輸入、前年超え 消費の行方は」
    同    2018/3/22 「エビ特集:輸入量増加 消費どう上げる」
村井吉敬「エビと日本人Ⅱ-暮らしのなかのグローバル化」岩波新書(2007)
遠藤哲夫「大衆めし 激動の戦後史-『いいもの』食ってりゃ幸せか?」ちくま新書(2013)
室屋有宏「日本のエビ輸入-最大の対日輸出国ベトナムの台頭とその背景」(調査と情報 2006.5)
全日本調理指導研究所「アルゼンチン赤エビの魅力」(Fish and Food Times 2013.12)