国際部 宮下

 先日、ウズベキスタン国の人材の受け入れ可能性に関して、日本にインターンとして滞在しているウズベキスタンの学生と日本企業の課題に関して情報交換をする機会があり、今後、グローバル化・ダイバシティ化が進んでいく際に配慮が必要な点も含め多くの気づきを得た。これからムスリム人材の活用を考える企業においても参考になると考え、先行し取り組みされている例などをご紹介する。

宗教的配慮に関するポイント

(1)礼拝時間の休憩取得の容認、断食月への理解
1日5回の礼拝や金曜日の集団礼拝、断食月の体調管理などに協力的な職場環境の構築が求められる。礼拝の時間は季節により変動するものの決まっているため、業務の中断(勤務時間内であれば一日最大三回)をどれほど許容するかという点が問題になる。

(2)礼拝室、手足洗い場の整備
清潔なスペースと絨毯に加え手足を洗い清めるための場やキブラ(聖地の方角を示す目印)があると喜ばれる。JR等はシンボルなどを用いず宗教色を弱めた形で祈祷室を提供している 。

(3)ハラール食品(禁忌を犯していない食品)
自分で料理をすることで禁忌を回避することもできるため努力目標である。ハラール認証は国際的なスタンダードが確立しておらず商業目的の基準が乱立しており信頼性に欠ける上、仮にハラールと装って禁忌(ハラーム)の食品を食べさせるような事態に陥れば人権侵害に当たる可能性もある。
例えば、味の素はかつてうま味調味料の材料に豚の膵臓由来の酵素が含まれる成分を使用したことを根拠にインドネシア保健省から回収命令を下されたことがあり、ハラールであるかどうかの判定は見かけよりずっと複雑である。敢えてハラールと明示せずとも、原材料を表示すればムスリムのみならずユダヤ教徒やヒンドゥー教徒も食事の判断を自らの責任で行うことが出来るため、敢えて認証を取得する必要性は薄い。

(4)コミュニティの用意
メンタルヘルスのケアの側面が強い。イスラームは都市や農村に根差した宗教なので、異国の地での孤独な宗教実践はかなりハードルが高い。最寄りのモスク(礼拝拠点)の案内や社内の交流促進が効果的であるとされる。

国内企業における施策例

 日本においては、使用者が労働者の宗教的習慣に便宜を図る義務を定める法律は存在しないが、労働基準法第3条 では労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由とした差別的な待遇を禁じている。とはいえ一般的に解釈すれば礼拝に必要な休憩や設備を用意しないことが即座に差別的な待遇にあたるかに関しては定かでなく、ムスリムにとって過ごしやすい環境を整える法的な義務はないと考えるのが妥当である。

 その一方で、従業員のウェルビーイングやD&Iの実現を図るという立場から積極的な受け入れ態勢を構築している国内企業も存在する 。また、政府は主に在留外国人や外国人旅行者の受け入れをテーマに複数の調査を行っているが、例えば2017年の総務省の調査「宗教的配慮を要する外国人の受入環境整備等に関する調査ームスリムを中心としてーの結果」では調査に応じたうち13事業所、12大学がハラール食に関する配慮を行っており、14事業所、8大学が礼拝の場所や時間について何らかの便宜を図っている 。また、観光庁も食事や観光客受け入れに関するガイドラインを公開しており、食事や礼拝場所の確保が重視されていることが読み取れる。具体的には、以下のような取り組みが見られる

■楽天グループ
・一部社員食堂でハラール料理を提供
・本社ビルに祈禱室・足洗い場を用意
・ムスリムコミュニティーを設立

■ヤンマーグループ
・一部社員食堂でムスリムフレンドリー料理を提供(食器も分けて管理する徹底ぶり)
・本社ビルに祈禱室を用意

■YKKグループ
・黒部事業所にハラール食堂を開設

 段階的にまずは受け入れ態勢の整備を目標に礼拝室や小休憩の取得を可能とする施設やルール・ポリシーの策定を行い、その後の利用は各人の自由意志に任せ、状況に応じてコミュニティの形成を後押しするなどの柔軟な対応を行うことが現実的な対応と考えられる。
 また、日本に人材を呼び寄せる場合、欧米発の具体的な根拠のないイスラーム恐怖症(イスラモフォビア)による差別的な視線による被害を防ぐための周知等も求められる。

 そうした面からも、受け入れを考える場合、まずは自社の既存の人権方針や労働制度の枠組みの中で、ウェルビーイングを保った受け入れ態勢を整備することが可能かどうか、難しい場合どのようなルールが必要かの整理からスタートすることが肝要となろう。
(2025年1月)