脱炭素だけではない気候変動対策

国際部 宮下

 先日、エジプトで開催されていた国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)が、閉会した。途上国が気候変動で受けた被害や経済損失を、富裕国が補償する歴史的な合意が締結された――将来の影響だけでなく、これまで気候変動の影響で受けた被害への対応も支援するべきだと言う、いわゆる「損失と損害」について基金を創設することが決まったとのことである。これは、洪水や干ばつなどの気候の影響をカバーする基金に長年抵抗してきた先進国にとっては、象徴的にも政治的にも大きな節目となった。

 気候変動による脅威に立ち向かう方法は、温室効果ガスの排出削減のような「緩和」だけではない。「適応」も重要だ。緩和と適応の分野は長らく分断されてきたが、今ではその両方が必要であることが改めて認識されつつある。

論争と誤解

 1950年代後半、当時シカゴ大学の地理学者であったイアン・バートンは、堤防に関するある厄介な難問を目の当たりにした。米国陸軍工兵隊は、大河川の氾濫原での洪水を食い止めるために、工学的手法を取り入れた費用のかかる堤防を採用していた。堤防は中程度の水量をせき止めるには有効であった。一方で、人々に安全性に対する誤った認識を与えてしまった。堤防が完成すると、その背後の土地により多くの人々が家を構え、移り住むようになったのだ。そうなると、大規模な洪水が堤防を越えて流れ込んだり、堤防を決壊させたりした場合、堤防以前よりも多くの建造物に被害を与え、大惨事を引き起こす可能性が出てくる。

 バートンが気候変動に取り組み始めたのは、1990年代に入ってからのことだった。彼は、「気候変動への適応」と名付けられた、新興ながら当時はいささか伸び悩んでいた分野に足を踏み入れた。この分野は、温暖化した地球がもたらす新たな災害や危険に対して、世界がいかに備え、適応していくことができるかを研究し、政策に反映させるものである。

 他の多くの気候変動学者は、地球の大気に負荷を与えている二酸化炭素の排出量をいかにして削減するかという問題で頭がいっぱいになっていた。これは、「気候変動の緩和」と呼ばれる研究分野だ。しかし、将来起こりうる危険で不確かな状況を想定した上で、不適切な堤防や不完全な防潮堤の建設など、後々事態を悪化させるような短絡的な対応策をとらないようにすることも必要だと考えていたのだ。

 気候変動の専門家の中には、適応策について話すことは、大気汚染を防ぐ取り組みから注意をそらすことになると感じる人もいる。諦めているかのように聞こえるという。「適応策について主張すると、緩和派の人たちからは『帰れ、お前なんか必要ない』と言われたものです」。バートンは皮肉まじりに当時を振り返る。「人類は適応する必要があると言い張るのなら、あなたは我々の主張を真っ向から否定することになる。だから、あなたの話は聞きたくないのだよ。敵だからね」。世界的な危機が迫る中、本質的には、どちらの専門家も人類の生存と幸福につながる道筋を描こうとしていた。ただ、両者は必ずしも連携できないでいた。

新たな潮流

 しかし、このような背景の中、先日、ビル・ゲイツらが創設した投資ファンド「ブレークスルー・エナジー」は、従来からの脱炭素技術に加え、自然災害対策などの「適応」分野への投資を拡大することを発表した。

 これまでブレークスルー・エナジーは、「5つの重要な課題」に焦点を当ててきた。つまり、電力・運輸・製造・建物・農業といったすべての分野で、気候変動の「緩和」策の一環と認められている気候汚染物質の削減を約束する企業を支援してきた。今回新しく投資の対象になった気候変動への「適応」とは、気候変動そのものを防ぐのではなく、そのリスクから人々を守る方法を開発することを指している。

 世界で排出量が増え続け、地球が温暖化し続ける中、気候変動への適応が大きな役割を果たさなければならないことが明確になってきている。「緩和策では間に合わないし、温暖化の苦しみは受け入れられません」と言う。これは、バラク・オバマ大統領時代のジョン・ホールドレン科学顧問が気候変動への対応には、緩和、適応、苦しみという3つの選択肢しかないと述べたことになぞらえている。

 ブレークスルー・エナジーは、ますます日常化・深刻化する干ばつに取り組む農家や地域社会を支援する方法など、いくつかの分野に焦点を当てている。例えば、先端的な海水淡水化テクノロジーや空気中から水分を抽出するシステムなどだ。他にも、世界の気温が上昇したり、湿度が高くなったり、乾燥が深刻化したりしても、屋内農業や植物の遺伝子組み換えによって、作物の生産性を維持できるようにする取り組みもある。

 また、ブレークスルー・エナジーは海面上昇やますます深刻化する暴風雨の脅威にさらされている、世界の港湾インフラを強化する方法に対しても投資を検討する。例えば、高潮に自動的に対応する動的係留システム、高温・過酷な環境でも安全に操作できるクレーン、より堅牢な船舶などだ。

 脱炭素を目指したクリーンエネルギーに対するものだけでなく、このような「適応策」に向けた研究開発や投資が今後更に拡大していくものと思われる。単純な脱炭素、脱成長のみに囚われない方策への道として注目していく必要がありそうだ。(出典参考:MIT Technology Review)

(2022 年11月)