中国発 続「超高精度位置情報測位が世界を包囲する」

国際部 宮下

 人工衛星による位置情報測位システムは、人々の生活やビジネスを大きく変えてきた。今後、私たちは数センチメートルの精度で位置情報を得られるようになるだろう。

 中国南部・湖南省のドゥ・ファンミン家を、過去数十年で最大規模の地滑りが襲った。「家は倒壊し、飼っていたヤギたちは泥流に飲み込まれてしまいました」。ドゥは被災直後、中国メディアにこう語った。幸いにも、彼自身は難を逃れていた。最新鋭の測定が可能な高精度位置情報測位テクノロジーによる早期警戒情報のおかげで、他の32人の村人とともに避難していたからだ。

 新たに完成した中国の全球測位衛星システムである「北斗」(ベイドゥ)と地上局を使う位置センサーは、中国全土の地滑りが発生しやすい地域の地表の微妙な変化を検出できる。数メートル以上の動きであればリアルタイムで検出でき、後処理をした場合の精度はミリメートル・レベルに達する。つまり、シャープペンシルのペン先ほどの地上の変化を上空21000キロメートル以上から検知できるということだ。地滑りが起こる12日前、ドゥの村はデータの異常に言及した警戒情報を受け取った。大雨が数日降った後に地滑りが起こりやすくなる可能性を示すものだった。

 湖南省の100以上の地区では、こうした災害監視と早期警戒システムを導入している。「もし、衛星を基盤にした位置情報システムの精度がまだ数メートルや数10センチメートルのレベルだったら、このサービスは提供できなかったでしょう」と話すのは、北京市にある中国科学院の航空宇宙情報研究所で長年、北斗の研究開発に取り組んできたユアン・ホンだ。

 人々はかつてないほど、所在地を測定したり物体の位置を正確に示したりできるテクノロジーに頼るようになってきている。精密農業やドローン宅配、物流管理、ライドシェア、航空旅行などはすべて、宇宙から測定される高精度の位置検出技術に依存している。現在、一連のサービス展開と技術の向上により、世界で最も強力な中国の全地球測位システムは、数メートルから数センチメートルへとその精度を高めている。

 この技術によって、スマホであなたが現在どの通りを歩いたり自転車で走ったりしているかだけでなく、通りのどちら側を移動しているかまでわかるようになるかもしれない。将来的には、そうした高精度の技術によって、自動運転車や配達ロボットが道路や歩道を安全に移動できるようになるだろう。

改良された新たな人工衛星
 世界初の位置情報測位システムの一つである米国のGPS(Global Positioning System)は、何十億人もの人々の移動方法を変えてしまった。1993年から、少なくとも24基のGPS衛星が地球を周回しており、それぞれの位置情報を絶えず送信している。GPS衛星群の少なくとも3つの衛星から発信される信号をGPS受信機で受信して三角測量することで、現在地が数秒以内にわかる。

 GPSの信号を受信機で処理して得られる精度は、通常5~10メートル以内だ。現在のGPSシステムは数年間かけてGPS IIIへ移行している最中であり、移行が完了すれば精度は1~3メートル以内へと向上することになる。10基のGPS III衛星のうち4基が2020年11月までに打ち上げられており、残りの6基は2023年までに軌道に投入される予定だ。消費者はすぐには気づかないかもしれないが、ナビゲーションシステムやスマートフォンの位置情報追跡アプリの精度も結果的に向上するはずだ。

 中国は、GPSの代替となる北斗衛星群の展開を2020年6月に終えた。20年以上をかけて、一地域からグローバルへとネットワークを拡大した北斗は現在、44基もの人工衛星を3つの別々の軌道に周回させており、平均1.5~2メートル以内という精度で世界中の人々に位置情報サービスを提供している。ただし、北斗のサービスは歴史的に中国とアジア地域に重点を置いているため、当該地域のユーザーは多くの場合、より良い位置情報を得られる。その精度は、1メートル以内に迫る。

人工衛星測位の先にあるもの
 人工衛星測位の精度が向上するにつれ、その応用範囲は間違いなく広がっていくだろう。しかしやがては、伝統的な衛星システムの精度も頭打ちとなる日が来る。おそらく、ミリメートル程度が限界だろう。そこで今、研究者らはその限界を超えるか、少なくとも人工衛星への依存を減らしてくれるであろう新たな測位技術を研究している。

 物質の量子特性を利用することで、外部情報を参照することなく位置を特定し、ナビゲートする手法がその一つだ。原子は絶対零度近くまで冷却されると、外部の力に極めて敏感な量子状態に達する。したがって、物体の最初の位置がわかり、レーザービームを利用して原子の変化を計測できれば、物体の動きを計算してリアルタイムの位置情報を得られるというわけだ。

 量子を利用した位置情報測位は、GPSや北斗といった人工衛星システムが使えない状況、例えば深宇宙や水中において特に有用だろう。あるいは、自動運転車に搭載されるナビゲーション技術のバックアップとしても有効かもしれない。コロラド州ボルダーにあるコールドクォンタ(ColdQuanta)が開発した最初期の量子測位システムが現在、国際宇宙ステーション(ISS)で運用されている。


 私たちの先祖はかつて、星と方位磁針を見て現在位置を突き止めていた。今日、私たちは同じ目的を果たすために、軌道を回る人工衛星の原子時計を利用している。新たな位置情報測位技術により、農業や輸送、そして世界を移動する方法は一変した。最新の改良によって、世界はさらに鮮明に見えるようになるだろう。測位技術がミリメートルやそれ以上に高精度なレベルに達した場合、それを利用する限界はテクノロジー自体の能力というよりもむしろ、創造性や私たち自身が定める法的・倫理的な範囲によって規定されることになるだろう。(出典参考:MIT Technology Review)

(2021 年6月)