#18 株式会社エムアンドケイ・株式会社いちもん
取締役 木下 隆介 さん
金沢を拠点に、高級路線のグルメ系回転寿司店「金沢まいもん寿司」を関東や関西など各地で展開する株式会社エムアンドケイ。そのグループ会社で、同じく高級回転寿司店を群馬県内で展開する株式会社いちもん。
安さを売りにする大手回転寿司チェーンに対し、北陸の希少な寿司ネタをはじめ器や内装にも拘り、付加価値の高さによる差別化を追求されています。テレビなどメディアで取り上げられることも増えている注目の企業です。
事業活動を通じて外食産業全体の価値向上を目指されていますが、そのビジョンにはどのような思いが込められているのか、付加価値の源泉はどこにあるのか――お父様が代表取締役である両社で、取締役として共に経営に携わられている木下隆介さんにお話を伺いました。
人を信頼し任せる経営
――「エムアンドケイ」は元々建築士として建築会社を経営していたお父様が別事業で立ち上げられた回転寿司の会社で、一方の「いちもん」は、予て社長同士がお知り合いだった会社を承継されたと伺っています。木下さんは両社で取締役をされていますが、どのような経緯で経営に関わられるようになったのでしょうか?
木下 まず、私が8歳の頃に父が岐阜県羽島市で魚屋を開き、その後、岐阜と金沢で寿司屋を始めました。その金沢の店が「金沢まいもん寿司」の前身となったのですが、私も当初から家業の手伝いこそよくしていたものの、後を継ぐような話は全くありませんでした。
大学進学を機に金沢から上京し、卒業後は不動産会社に就職して営業をしていたのですが、私が20代後半になった頃から、経営状況の変化等もあって、2014年に「エムアンドケイ」に入社することになりました。
入社後は現場で業務経験を積みながら、並行して回転寿司協会の活動も行っていました。そして2019年に「いちもん」がグループに加わることになった際に、自ら志願して経営に携わることになりました。
――木下さんご自身も、寿司を含め飲食業界で働かれたご経験があったわけではないのですね。
木下 はい。社長も私も寿司を握ったことがないですし、社長は取引先との交渉含め基本的に自分では動かず、経営の立場で目標を掲げること、人に仕事を任せることに特化しています。周りもそれに付いていく中で、一人ひとりが自分の力でやり遂げなくてはならないという意識が醸成されているのだと思います。
「いちもん」の経営についても、初めてのM&Aということで、当初は不安も大きかったですが、社長に任せてもらったことで、自分自身の成長にもつながり、本当にやって良かったと思っています。
当社には圧倒的に優秀な社員がたくさんいて、信頼して任せることで業務をうまく回せており、本当に社員に支えられていると感じています。
よく「寿司は握らないのですか?」ときかれるのですが、「私が握るのはお客様と社員の心だけです」と答えるようにしています(笑)。
――どのようにそうした人材の確保や組織作りをされているのか具体的に伺えますか。
木下 「いちもん」についてお話しますと、かつては金沢まいもん寿司と同様に、群馬でグルメ系回転寿司店を営んでいて評判でしたが、周囲に増えた大手回転寿司チェーン店との価格競争に飲み込まれて経営が行き詰ってしまいました。
そこから経営を立て直すにあたり、私が一番初めにやったことは、「いちもん」に残った社員全員との面談でした。立て直し策として一番簡単なのは、金沢まいもん寿司を、屋号を含めそのまま群馬に持ってくることでしたが、社員の話を聞きながら各人の人間性や思いを知った時、可能性を強く感じました。
そこで、残った社員が自分たちの力で会社を立て直し、やっている仕事に誇りを持てるようにしようと考えたのです。
金沢まいもん寿司も、地元の取引業者と連携して、食材の他にも例えば器として伝統工芸の九谷焼を使ったりしているのですが、同じことを群馬で一からやっていこうと。それが、屋号にも入っている “群馬を握る”というコンセプトになっています。
具体的には、醤油やお米など食材を地元の業者から仕入れるように切り替えたり、伝統工芸である絣(かすり)の織物を設えに使ったり、自分たちの県に誇りを持ってもらいたくて少しずつ取り組んでいきました。すると、次第に社員が自ら進んで「こんな企業がありました!」と探して言ってきてくれるようになり、車輪が勝手に回り出す感じで組織が活性化し、今ではとてもよい集団になったと思っています。
――まさに、“自走式組織”ですね。
木下 はい。うちは驚くほど管理する仕組みがなくて(笑)。もちろん必要な管理はちゃんとしますが、一人ひとりが自律的に動けることが、我々の強みだと思っていますので、社員には自由にできる余地をたくさん与えるようにしています。
地元企業との強い関係が競争力の基盤
――様々なメディアで取り上げられている魅力的な商品開発なども、社員の方から自発的に提案があったりするのですか?
木下 はい、もちろん私自身も考えていますが、社員からも色々な提案があり、それらを社内で審査して商品化しています。
「いちもん」では、群馬は海なし県だから…とか言わずにできることはなんでもやろうと、地元企業とのコラボ商品開発として、下仁田納豆さんの大粒黒豆納豆を乗せた軍艦巻きをはじめ、今ですとカリカリ梅を使ったりしていますが、気付いていないだけで探してみれば近くにたくさん良い企業や優れた食材があることが分かってきました。
嬉しかったのは、下仁田納豆さんと取引が始まってから、工場で働いている方々がうちのお店に来て下さるようになって自然とファンが増えていき、そうした交流を通じて、社員が地元企業を応援しようと積極的に動いてくれるようになったことです。
――素敵なお話ですね。それは御社にとって大きな強みになっているのだろうと思います。
木下 そうですね。そこは大手には絶対にマネできないことなので。地元の企業同士で交流を深めていくことが、当社の競争力を高め、差別化につながっていると捉えています。
先日ある地元企業の社長さんから、「いちもん」を応援する会を作っていいですか?と仰って頂きました。取引先に対しても決して買い叩きなどはせず、商品の価値を認め適正価格で取引を行い、当社がそこに付加価値を乗せて商品化することを繰り返す中で、そうした有難いお話も頂けるようになっているのだと思っています。
効率性より人の力を高めたい
――研修や教育にも力を入れてらっしゃいますね。
木下 はい、当社の最大の武器はあくまで人だと思っていますので。
近年、業界全体でトレンドになったフードテックやDX(デジタル・トランスフォーメーション)では、人手をかけずに効率性を追求するという話ばかりで、店舗展開もチェーンストア理論でやればオペレーションが楽だったりしますが、当社はそれと真逆を行っています。
どの店舗も一から作り上げていくため人手がかかりますが、やはりそこが当社の良さであり、他社ではマネのできないところだと捉えています。
――なるほど。ただ、財務面では難しさもあると思いますが。
木下 ええ、うちはなかなか利益が出ないんですよ(笑)。そこはもちろん経営者としてしっかり考えてやってはいますが、社員一人ひとりが働いていて“楽しい”と思えるかどうかが大事であり、仕事が忙しくて大変でも、社員にはやりがいや達成感を感じてほしいと思っています。
当社もご多分に漏れずコロナ禍の影響は大きく、一部の店舗を閉めざるをえなかったりもしましたが、たとえコストをかけてでも、「人ありき」という経営の基本方針を変えるつもりはありません。
――人事評価などで何か工夫をされていますか?
木下 人事評価は、既存のやり方では見えにくい貢献にも光を当てられるようにしたいと現在検討中です。例えば、店長が働きやすい環境をしっかり作り上げてくれているお陰で、アルバイトが口コミで自然に集まり採用費が抑えられている、など。
私が尊敬する経営者であるロイヤルHDの菊地会長が仰っているのですが、先ほどもちょっと触れたフードテックやDXで重視されてきた効率化や省力化よりも、これからは個人の能力を最大限引き出すことに注力していくべきだと。
私たちも人を活かした付加価値経営を目指していますので、その方向でデジタル技術の活用も含め取り組んでいきたいと考えています。
外食産業全体の価値向上へ向けて
――回転寿司の会社経営をされる中で、外食産業の現状に疑問を持たれているようですが、どのような未来を見据えられていますか?
木下 コロナ禍の中で、外食産業全体が厳しい状況にありますが、行列ができるような繁盛店ですら消えて行きつつある現実もあります。その背景として、お店の側が美味しくて良いものを自分たちの身を削って安く提供しているという面があります。
私は、誰かの犠牲の上でしか成り立たないような状況は打破すべきだと考えていますし、全てのステークホルダーが正当な評価や対価を得られるようにしたいです。
当社も、客単価が高くても「これだけのものをこの価格で食べられるのはむしろ安い」と言って下さるお客様を増やしていきたいですし、難しいですが進むべき方向性はそれしかないと考えています。
――どのような打ち手をお考えでしょうか?
木下 私は、飲食業界のジレンマは開店から閉店までの間しか売上を生めないことだと捉えていて、店舗や屋号を利用して、どうすれば24時間収益を上げられるようにできるか、その方法を考えています。具体的には、関連商品の開発やEC物販、最新の冷凍技術を活用した本物の日本食の輸出などです。
まだまだ模索中ですが、ようやくコロナも落ち着いてきたので、更なる出店も含め、やっとこれから戦っていけるなと思っています。
――ありがとうございます。最後に、事業承継も含めて、今後の会社運営についてお聞かせください。
木下 近い将来(1、2年後)、事業承継する話は進んでいます。社長と私とは、もちろん経営方針やベクトルは共有しているものの、目指すゴールに向けての戦略やスピード感は異なります。経営スタイルも、父が「攻め」のタイプなのに対し、私は「守り」のタイプ。ただ、経営の基礎になっている「人と縁を大切に」という考え方など、やはり父から受けた影響は大きいです。
これからも、やりたいことは無限にありますが、経営の軸は変えずに取り組んでいきたいと思っています。
※ 取材内容は2023年2月現在
【企業情報】 株式会社エムアンドケイ 株式会社いちもん |
(余録)
語り口がソフトで穏やかなお人柄の木下さんですが、安くてボリュームのある飲食店を面白おかしく紹介する某テレビ番組の話題になった際に、その時だけ少し強い断定口調で「そういうのが大嫌いだ」と仰ったのが印象的でした。外食産業に関わる全ての人々が報いられる状況を作りたいという熱い思いに感銘を受けつつ、それはあらゆる産業、ひいては社会全体にとっての大きな課題でもあるのだろうと、お話を伺いながら考えさせられました。(倉田 雅光)