#17  本で旅する Via  店主 伊藤 雅崇 さん

荻窪駅近くの一軒家のお店「本で旅する Via」はひと言で何屋さんと表しにくいユニークなお店です。敢えて表すなら「読書するための居場所」。読書することにこだわった、おしゃべり禁止の静かな店内、座り心地のよいチェアと読書灯、旅をテーマにした千冊以上の本。美味しい飲み物やフード。洞窟のようなその場所は日常を忘れて読書に没頭できる贅沢な空間になっています。他方、そのようなこだわりのサービスを提供する店舗のオペレーションは、意外にもデジタル技術を活用し効率化が図られています。独特のスタイルを採用した背景やデジタル活用について店主の伊藤さんに聞きました。

本を開く店主の伊藤さんの姿

ずっと本屋になりたかったという店主の伊藤さん。ビジネスモデルは異なるが、本に関係するお店を2022年6月にオープンした。

ありそうでない、読書するための場所

-店内を見て驚きました。日常を忘れて集中できそうな、読書のためのスペシャルな空間になっているんですね。カフェではなく、このような「本を読むための居場所」にしようと思ったのはなぜですか?

伊藤 世の中には、意外と本を読める場所が少ないことに気付いたからですよ。ご自分が好きな本を誰にも邪魔されずに思いきり読みたいと思ったとして、どこで読もうと考えますか?

-カフェでしょうか。自宅ですと家族と話したりテレビの音が聞こえたり、やらなければいけない家事も気にかかりますし。でも、カフェも長居するのはお店に申し訳なかったり、店員さんの視線が気になることもあります。とすると、集中するにはブックカフェみたいなところがいいような気がしますが・・・。

伊藤 そう思いますよね。でもブックカフェと呼ばれる場所で読書している人をどのくらい見たことがありますか?

-言われてみれば、そう多くないかもしれません。ブックカフェと言っても普通のカフェと変わりがないような。本が置いてあるカフェ、あるいは書店に併設されたカフェといった感じで、読書に完全に没頭できるかと言われると微妙かもしれません。

伊藤 そういった、読書をする場所にお困りの方に、心おきなく読書を楽しんでもらえる場所を提供したいと思って、このようなコンセプトのお店にしたんです。ですから当店では滞在時間に応じ席料もいただいています。気兼ねなく長居していただけるように。

-読書のための静かな空間と時間。貴店が提供する価値はそこにあるんですね。実際のお客さまはどのような人が多いですか?

伊藤 やはり本が好き、読書が好きというおひとりさまのお客さまが中心です。仕事帰りや休日の気分転換にという方もいれば、お仕事をなさるライターさんもいますよ。自分で持ち込んだ本を読んだり仕事をしたり、合間に2階のギャラリーを見たりと、皆思い思いに過ごされています。

旅行業界から本の世界へ

-店内には「旅」や「旅先」の本がたくさん並んでいます。なぜ「旅」をテーマにしているのですか?

伊藤 コロナ禍の間、私たちは自由に旅行ができなくなっていました。それに続く円安もまた海外旅行をシュリンクさせてしまっています。以前私は旅行会社に勤務していましたので、「旅」はとても身近なものでした。人生を豊かにしてくれる「旅」が困難な状況になってしまっていることが悲しく、ならば本で旅をして異国の文化や価値観に触れることを楽しんで欲しい。そんな思いもありました。

-本に関わる仕事に転向したのはなぜですか?

伊藤 もともと本が好きで、かなり前から本屋になりたいと考えていたんです。しかし、小さな書店が次々と店をたたんでいくのを見て、本当に事業として成り立つのかと考え躊躇していました。

-そんな伊藤さんを開業に踏み切らせたきっかけは何だったのですか?

伊藤 fuzkue(フヅクエ)さんという「本の読める店」の存在を知ったことです。オーナーさんの著書を読み、お話も聞かせてもらって、読書のための場所と時間を提供するという仕事を純粋にいいなあと思いました。同時に、このモデルなら事業としてやっていけるかもしれないと考えたんです。

お店の入り口の写真

お店は荻窪駅近くの路地裏にある。店内には旅や旅先に関する本が並んでおり、気に入れば購入することもできる。

デジタル技術の活用で店舗運営を効率化

-オーダーはQRコードを読み込みスマホで注文する非接触・非対面の方式を取っていますが、これはコロナウィルス感染症拡大防止への配慮からですか?

伊藤 もちろんそれもありますが、最も重視したのは効率です。開業後しばらくはコスト抑制のためワンオペでやらざるを得ないと思っていましたから、人手不足を補うしくみを導入する必要がありました。このしくみはオーダーから会計、販促までが連携されていて、おかげで店舗オペレーションを私ひとりでやれているばかりか、この先お客さまが増えても十分に対応できると思います。

-昨今、こういったITの専門知識がなくても先端のデジタル技術を使いこなせるツールが増えていますよね。店舗経営においてもデジタル技術を活用して業務やビジネスモデルを変革するデジタルトランスフォーメーション(DX)が進んでいます。国も様々な取り組みでDXを推進していますが、貴店ではすでに、効率化とお客さまにとっての新しい価値提供を行うことで、それを実現されていますね。

伊藤 実は、導入したシステムに組み込まれている機能のうち敢えて使っていない機能もあるんです。

-便利なのにわざと使わないようにしていると?どの機能ですか?

伊藤 決済機能です。注文して、そのまま決済までスマホで済ませられる機能が装備されているんですが、その機能だけはオフにして会計時にはわざわざレジに来てもらうようにしています。せっかくお店に来ていただいたので、できればお客様と触れ合える接点は残しておきたいと思いまして。

オリジナルブレンドコーヒーの写真

オリジナルのブレンドコーヒーは、スマホでの注文が入ってから豆を挽き、ハンドドリップで提供される。

-なるほど。コミュニケーションのためにアナログな部分を残していると。ところで、コミュニケーションといえば貴店ではツイッターやインスタなどのSNSも積極的に活用していますね。

伊藤 本好き、読書好きの方に当店のような場所があることを知っていただきたくてやっています。SNSはこれまで個人的にもほとんど使ったことはなかったんですが、情報発信も含めてすべてワンオペですから活用せざるを得ないと思い始めました。やってみたらフォロワー数も徐々に増え、発信した本の紹介が拡散されたり、来店したお客さまがお店のことをつぶやいてくださったりしてよい関わり方ができるようになってきました。

-昔と違い、広告もコミュニケーションもデジタルで自ら行える時代です。お店のファンを増やしお客さまとの関係性を維持するためにも積極的に活用していくのがよいと思います。

本の街・荻窪の文化の一端を

-中央線沿線、特に荻窪近辺には本屋が多いそうですね。

伊藤 新刊書店も古書店も多い地域です。この近くにも有名な書店があって、そこで本を買って、帰りに当店に寄って買った本を読まれるお客さまもいるような、本好きな人であふれた街です。また杉並公会堂で音楽の催しがあったり、最近ではアートフェスティバルが行われたり、色々な文化が混じった魅力的な街だと思います。

-お店の2階のギャラリーは、そういう文化のひとつの発信基地みたいなものでしょうか?

伊藤 いえ、そこまでは考えていませんでした。旅に関する展示作品を見て、外国に行ったような気分を味わったり遠い国の文化に思いを馳せてもらえたらと設けたスペースでした。でも、もしこの場所から多くの人が様々なメッセージを発信して、そのような文化の一端を担うようになれるとしたら、それはとてもうれしいことです。

-店名のViaはここを「経由して」旅に出る、ここを「通じて」メッセージを届けたり受け取ったりするといった意味が込められているのですね?

伊藤 そうです。当店のアームチェアを経由して世界に旅立ち、色々な国や人の考えや文化、歴史に触れていただければと思います。

-多くの方に、ここから素敵な旅に出かけていただきたいですね。本日はお話を聞かせていただきありがとうございました。

2階のギャラリーの様子

2階のギャラリーは太陽の光が差す明るい空間。ここで読書をすることもできる。

※ 取材内容は2023年1月現在

本で旅する Via 概要 

事業内容:読書するための居場所(カフェ)、ギャラリー、ワークスペース運営、書籍販売 

所在地:〒167-0032 東京都杉並区天沼3丁目9ー13(荻窪駅北口徒歩6分)

営業時間:平日11:00〜21:00 土日祝11:00〜20:00

ウェブサイト:https://via-ogikubo.com

Twitter:https://twitter.com/Via20220610

Instagram:https://www.instagram.com/via.ogikubo/

 

(余録)決して間口の広いお店ではありません。しかし、本を読む場所を求める人の困りごとを解決することによって、他店にはない価値を提供しているお店です。独特の世界観があり、それは本だけでなく、内装やカフェメニューへのこだわり、食器、盛り付けの美しさにも表れているように感じます。本で旅する Viaさんの世界はTwitterなどでも垣間見ることができますが、読書好きの方はぜひ一度足を運んで体験してみて下さい。(五百田誉子)

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