#08 Smappa!Group 会長 手塚マキさん
Smappa!Groupは、会長の手塚マキさんが26歳でナンバーワンホストから独立し、自分で店を経営したところに始まります。以来、ごみ拾い活動「夜鳥の界」結成など地域社会との接点を地道に築き、2017年には歌舞伎町商店街振興組合の常務理事に。自店ではソムリエ試験やマナー講習、さらにはアートや歌会まで、従業員に様々な体験を注ぎ続けます。
業界の常識から解き放たれた取り組みの数々。それらは「文化の供給」と、自分たちが提供するサービスを社会に誇れるものにしたい思いで繋がっていました。
ホストクラブから介護へ その真意は
-介護サービス会社「新宿デイサービス」が、オフィス(有限会社スクラムライス)横に併設されているとは思いもしませんでした。ホームページでは、ひとりの人としておもてなしをする姿勢や、マニュアルでない自分達のプロフェッショナルサービスが、ご年配の方々が楽しめる居場所づくりにも役立つと発しています。実際に運営して何を思いますか。
手塚 小規模デイサービス単体ではペイしません。でも、重視するのは目先の儲けやイノベーションではなく、自分も会社もいかにQOLを上げるか。成熟した社会において、「どうハッピーに生きるか」。それにはやってみないとわからないし、きれいな筋道なんてないから、こういうものだと思っています。
-壁には絵だけでなく中国語と日本語の訳も見られます。
手塚 ここは中国籍の方も利用されています。でも日本語があまり喋れないから、通所される人たちで言葉を覚えるんです。互いに教え合える場には、人が集まります。会社もそうだと考えています。
夜の世界 経営が凝縮
-ホストクラブからバー、飲食店、美容室などに拡大し、今は介護も。一方で、独立された26歳の頃は、ナンバーワンホストに上り詰めた後でやることもなかったと著書『新宿・歌舞伎町 人はなぜ< 夜の街 >を求めるのか』では書かれていました。どこで経営に目覚めたのでしょうか。
手塚 いえ、独立した時点で経営の勉強はしました。そして、意外にもホスト経験は、経営そのものでした。例えば、お店を百貨店やショッピングセンターに、ホストをハイブランドの店舗としましょう。ショッピングセンターにグッチが合わないように、お店に似合うブランドを揃えたり、ハイブランドが集まるお店にならなければなりません。また、ホスト一人ひとりがハイブランド店舗の店長であり、商品です。そして、月単位の売上を確保するには単価×数量を念頭に売上のポートフォリオを立てます。自分の商品価値を客観視し、逆算して体と時間を使います。でも「なんでもいいから売上を」ではダメ。「どんなホストになりたいか」のビジョンがないと、お客様が応援してくれる関係性は生まれません。
これだけでも、ホストの世界にビジネスが凝縮されています。
-説明がとてもわかりやすいです。経営の本質が自身の経験にあったことを認識したきっかけは。
手塚 この頃から本を読むようになりました。ただし、経営本から学ぶためでなく、自分の経験が他者に伝わるよう「通訳」するために読んだのです。2003年当時はITベンチャーくらいで20代の中小経営者があまりいませんでした。自分の中の経営を言語化できるようになって、他業界の方々との会話が膨らみました。
“for today” or “cultivate”
- 大卒社会人なら入社数年の年齢にして、手塚会長には経営が根付いていました。でも、途中で考えが変わったと聞きます。
手塚 29歳の時、それまで以上に若い従業員を抱える責任感に、自分の軸足が移りました。仲間がいてくれたからこそ、と思えるようになり、「では、何が幸せなのか」と問いかけ出します。そこで行き着いたのが教育です。教育とは会社の在り方ではないかと。ビジネスで金儲けは、やればできる。それよりも「存在」であることが大事で、働くみんなの「居場所」であろうと。
社内でよく使う言葉があります。“for today”と“cultivate”です。今日のための仕事と、耕すことは分けて考えます。
ホストは超が付く格差社会です。5%の売上トップクラス以外、残り95%は蹴落とされます。昔は、僕のようにナンバーワンホストになれと従業員に対して接していましたが、そこではないと気づきました。残り95%のホストも「ここで働いてよかった」と思える場所にしたいです。自ら学ぶことなくホストの世界に入った若手に、ソムリエの講習と試験を受けさせるのも“cultivate”であり、ここでホストとして働くことに自信を持つため。ゆくゆくは、売上ランクなんて止めて給料制で働けるのが理想ですね。
業界を耕す 文化を拓く
―話はコロナ禍に移ります。人々が疑心暗鬼になり歌舞伎町が名指しで批判された最初の緊急事態宣言時に、新宿区長とホスト業界の直接対話を先導されました。著書でも書かれていましたが、今振り返って思うことはありますか。
手塚 あの時、行政とホスト業界を近づける一心でした。区長と他のホスト経営者の間に立ってもよかったのですが、顔が見える関係にしたかったから、みんなを区長と直でつなげました。
でも、ホスト業界はまだまだ“for today”だけの経営者がほとんど。自分の会社のために動いても、この業界をどうしたいかという頭は働かなくて。歓楽街のごみ拾い「夜鳥の界」は、始めてすぐ埼玉、四国、九州のホストクラブから「自分達もやりたい」と相談をくれたものですが。大義と経営が合わないから、すぐには変われないようです。
-お聞きしていて、目先の“for today”でなく、うまくいかなくても業界全体を“cultivate”する思いが年々強まっている印象を受けます。
手塚 例えば料金体系の明瞭化。そっちの方が喜ばれると思ったけど、経験者には違いました。両方試すため、7店中3店は元の料金に戻しています。でも明瞭化は、ホストクラブに初めて来る人にはわかりやすい。慣れれば従来型のお店に移ればいいんです。
僕はマーケットの外にいる人たちにも楽しんでもらいたくて。例えば、ホストクラブのライバルが競合店でなく、高級ホテルと考えたら、何ができるか。釣り堀で釣りをしていても面白くありません。誰も釣ったことのない場にも行き、よりオープンに、もっと社会に入り込みたい。狭い世界に閉じると問題も起きやすいのが経験則です。多様性がリアルに共存する歌舞伎町だからこそ、マーケットの外からも色々な人が集まるよう、「新しい夜」を耕していきます。
介護にしても、今の仕組みを否定するだけでは何も始まりません。モノが溢れる成熟した社会で、心の豊かさの源泉になるのが文化です。ハッピーに生きていく上で、「文化の供給」をビジョンにしていきます。その先に、何者でもない人だって、幸せに生きられる社会があると信じて。
※ 取材内容は2022年4月現在
[企業情報] Smappa!Group https://www.smappa.net/ 〒162-0021 東京都新宿区歌舞伎町2-1-2 HANROKUビル6F |
(余録)
手塚会長の経営は、単なる事業の多角化でなく「文化の供給」が共通項でした。ツイッターの投稿からは、著書も出す短歌だけでなく能や花街の体験も垣間見えます。アーティスト集団「Chim↑Pom from Smappa!Group」(4月27日改名)が歌舞伎町で協働プロジェクトを生み出してきたのも、この取材で腑に落ちました。
インタビューでは、そうした文化の供給とは別に「もし他に経験を生かした事業をやるなら」といった話題も。例示されたのは、セキュリティの会社です。何か起きれば世間の刺すような目が向けられるからこそ、「もしも」のリスクマネジメントとトラブルシューティングが常に先行するのだと。確かに。
ホストクラブの世界には、経営が詰まっている。Smappa!Groupは、歌舞伎町の外に拓けている。「どう生きるか」と問いかける手塚会長の思考や言葉を、歌舞伎町だけの世界と見過ごすのは本当にもったいない。(倉内佳郎)