#45 太平観光株式会社 代表取締役 北垣 繁 さん
太平観光株式会社は、練馬区大泉学園に本社を構える旅行会社であり、今期65期目を迎えます。
日本の旅行業界は、だれもがよく知る大手5社のシェアが約80%と市場の大部分を占め、約20%を約1万社で競争するという寡占度合いと参入障壁の低さが特殊な構造にある中で、太平観光株式会社は、創業当時から小学校、中学校の移動教室などの教育旅行に注力して、着実に成長を続けています。
一方で、日本の人口動態を見ると、少子高齢化は着実に進行し、同社が注力してきた教育旅行の市場規模が小さくなることも想定される状況にあります。
創業者であり、父でもある先代から2004年に事業を承継し、現在も太平観光株式会社を率いる北垣代表取締役に、同社の強みや今後の展望などについてお話を伺いました。
行うから出来る。必ず出来ると信じるから出来る。
- 御社は、2026年度に65期目を迎えられるとお聞きしています。大手5社のシェアが大部分を占める特殊な状況の中で、東京都を中心として、30以上の地方自治体の教育委員会との取引をはじめ、教育旅行の分野でしっかりと成長を続けてこられた御社の強みとは、どのようなものだと考えていらっしゃいますか。
北垣 強みを一つに挙げることは難しいですね。ただ、仕事の相手先である自治体のみなさんや先生方、一緒に仕事を進める関係のバス会社をはじめとするみなさんからは、ほかよりも“親切”だといわれることが多いかもしれません。

代表取締役 北垣 繁氏(取締役である江利子氏と)
- “親切”というのは、ビジネスの世界ではなかなか聞きなれない印象もありますが、具体的にはどのようなイメージでしょうか。
北垣 例えば、取引先や自治体から相談を受けた場合、たとえその時点で契約関係になくても、まずは一緒に解決策を考えるようにしています。
ケースによっては、さまざまな制約、例えば日程の部分や使用するバスに求める条件などによって実現が阻まれていることも少なくありませんが、その制約の中で考え抜き、出来る方法を見つけ出して、相談に応えるようにしています。
当社の経営理念にも掲げている「行うから出来る。必ず出来ると信じるから出来る」を体現しようとしている姿勢でもあります。
- その時点では契約関係にない場面でもそのような対応ができるということは、社員のみなさんが同じ方向を向いている必要があるように思われます。
北垣 当社では、先代のころから、形も内容も時代に合わせて毎年見直しを続けてきた経営計画書(方針書)があり、毎年、手帳型で作成し、全社員に配布しています。また、取引のある金融機関や勉強仲間でもある企業のみなさんを招いて、経営計画発表会を開催しています。
この発表会は、当該年度の重点方針を共有するとともに、当社が大切にしている価値観を改めて確認する大事な機会と捉えています。
発表会後は、新たな手帳型の経営計画書を、毎日の朝礼でテーマごとに読み合わせを行い、内容の確認を続けています。

2026年1月 2026年度経営計画発表会を開催
AI活用などを通じて働き方改革を推進
- そのようにして意識統一が図られているのですね。一方で、そうした対応には相当な労力も必要になるのではないでしょうか。
北垣 これまで旅行業界では、長時間労働が常態化する傾向にありました。当社においても例外ではありません。
そこで当社では昨年度、長時間労働となっている業務を見直すため、「働き方改革プロジェクト」を立ち上げました。
現在はプロジェクトチームを中心に、まずは教育旅行における入札案件の業務について、標準化・見える化を進めています。
- どのような効果を目的とした取組みなのでしょうか。
北垣 これまで、特に教育旅行の準備段階では、営業社員が中心となって、相手方である先生方と綿密にコミュニケーションをとりながら進めてきました。
お忙しい先生方の業務時間の合間を縫って調整する必要があるため、同時に複数校の準備を進める場合には、どうしても時間がかかっていました。
そこで、先生方とのコミュニケーションは引き続き大切にしつつ、書類準備など支援可能な業務範囲については標準化・見える化を推進することにより、営業サポート社員の支援を強化しています。比較的時間に余裕のある時期に準備を進めることで、全体の業務量を平準化したいと考えています。
- 業務分担を進められる部分にメリットがあるということですね。
北垣 そのとおりです。あわせて、先生方にお渡しする書類についても、これまでの汎用的なものから、学校ごとにパーソナライズした書類へと見直しています。
これにより、先生方が汎用的なものから作成いただく部分での負担を軽減し、働き方改革の一助となればと考えています。
また、この取組みは、教育旅行企画のカウンターパートであり、大切なお客さまでもある先生方の体験価値向上にも寄与するものだと考えています。
- 御社の働き方改革が、先生方の負担軽減にもつながっているのですね。
北垣 このほかにも先生方と綿密にコミュニケーションをとりながら進める必要がある業務についても、生成AIを取り入れ、業務効率化を進めています。
- 具体的にはどのような業務で生成AIを活用しているのでしょうか。
北垣 これまで教育旅行の準備では、先生方に作成いただいた行程書(案)を、バス会社をはじめとする関係会社に共有する行程書へと人の手を使って再構成する業務が発生していました。現在は、行程書(案)の取り込みから再構成する業務を自動化できるよう、AI導入を支援するシステム会社と共同して進めています。

積極的に生成AIの活用を検討
資産を持たない旅行会社は何を提供できるのか
- 生成AIの導入は、現在、各業界で活用の是非の検討や効果検証が盛んに進められていますが、導入はすぐに決断されたのでしょうか。
北垣 生成AIが登場したとき、旅行業を営む当社としては、これを取り入れなければ生き残れないのではないかと感じました。品質とスピードの面で、大きな効果をもたらすだろうと考えたからです。
- 現在の手応えはいかがでしょうか。
北垣 先ほどお話したとおり、すでに一定の効果を実感できている部分もあります。
ただ、一方で、生成AIを活用する取組みは、業務の効率化をもたらすことは間違いありませんが、長期的な視点を持って考えてみた場合に、それだけで旅行業界の未来の姿を描ききれるとも思ってはいないのです。
生成AIが登場したときに感じたのは、先ほどお話しした品質とスピードの面で大きな効果をもたらすであろうことと、それとは反対の「旅行会社が提供できる価値とは何か」という問いでした。
- その問いは、事業の根っこにある大きなもののように感じます。
北垣 生成AIに尋ねれば、旅行の計画は瞬時に作成され、時間割や予約方法なども瞬く間に示されます。それに沿って対応できる人には、旅行会社が出る幕はありません。
移動のための鉄道のチケットを予約してなんぼという商売はもはや成立しません。
バスを持つバス会社はバスを運行し、宿泊施設を持つ旅館は施設を活用してサービスを提供できます。
一方で、資産を持たない旅行会社は、それらを利用しているだけだと考えると、果たしてお客さまに何を提供できるのか。今も考え続けています。
変化に「強かに」順応し続ける
- 今後、旅行業界や教育旅行は、どのように変わっていくとお考えでしょうか。
北垣 現在提供している学校関係の移動教室などが一気にすべてなくなっている、そんな目に見える急激な変化ではなく、じわーっと、でも確実に変わっていくのだと考えています。
今後競争軸が価格から企画へと移り、競争は一層厳しくなり、商品内容だけでなく、教育現場のパートナーとして何を提供できるか問われる時代になると考えています。実際、その変化はすでに始まっています。
- 最後に、北垣代表取締役が考える経営における「逆算」とは、どのようなものでしょうか。
北垣 このお話をいただいてから考えてきましたが、難しいテーマですね。
生成AIの登場は、旅行業界にも大きな変化をもたらし、教育旅行を取り巻く環境は、少子化によるマーケットの縮小はもちろん、先生方の働き方改革も進む中で、旅行会社には、否応なく教育パートナーとしての立ち位置も求められるようになるなど、大きく変化しています。

先代のころから、形も内容も時代に合わせて毎年見直しを続けてきた経営計画書(方針書)。
創業者である父は、生前、自身の人生を振り返った文章の中で「受け身の人生だった」と語っていました。京都の仕出し屋さんを出発点に、倒産を経験し、伝手を辿って東京で旅行業に従事することとなり、その縁から思いがけず旅行会社を起業したところから当社は始まりました。
そうした中でも、父は環境に「強かに」順応してきたのだと思います。
これからも、当社にはこれまでと同じように変化に「強かに」対応し、順応できる道を探し続けていくことが必要だと考えています。
- 今後も、自治体のみなさまや学校の先生方にとって“親切な存在”であり続けることを期待しています。
※取材内容は、2026年3月現在
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[企業情報] 太平観光株式会社 |
(余録)
進化論で知られるダーウィンの思想は、『生き残る種とは、最も知的なものでも、最も強いものでもない。自らが置かれた変化する環境に、最もよく適応し順応できたものである。』という言葉に要約されます。
太平観光株式会社においては、先代が環境に適応し、北垣代表取締役がその姿勢を受け継ぎながら未来を見据えて逆算し、「強かに」変化に適応する道を探し続けている。
そんなことを感じさせる取材となりました。(永山 陽一)





