#44 株式会社彩ファクトリー 代表取締役 内野匡裕さん
「誰もが毎日をワクワクできる社会をつくる」。そんな理念を掲げる株式会社彩(いろどり)ファクトリーは2009 年の創業以来、「コンセプトシェアハウス」というビジネスを広めています。
起業家、猫好き、英会話などに特化したシェアハウスを全国9 カ所で展開。メディア掲載や大手企業の視察が相次ぎます。同社のシェアハウスの売りは、単なる生活空間を提供する低価格路線ではなく、入居者の成長やコミュニティへの貢献です。無形の「体験価値」の提供を持続可能なビジネスに育てた、創業者の内野匡裕さんにお話を伺いました。
「安さ」ではなく「体験」を提供
― 内野さん自身、自社の猫好きシェアハウスで生活しているそうですね。
内野 3年ほど前から横浜市のシェアハウス「にゃんこの森 横浜」に、妻と猫2匹と暮らしています。好きでたまらない仕事なので、現場にいるのが幸せなんです。シェアハウスの立ち上げ当初は入居者と触れ合いながら生活し、次の物件づくりのヒントを得ています。その前は、京都市の起業家シェアハウスで暮らしていました。

代表の内野匡裕さん(右)と奥様(写真はすべて彩ファクトリー提供)
― 「コンセプトシェアハウス」と一般的な物件との違いは何でしょうか。
内野 かつてシェアハウスは「安さ」を求める人が集うイメージでした。「コンセプトシェアハウス」は意図的に非日常の環境を作り、入居者の交流を促しているのが特徴です。起業家なら事業成長のための切磋琢磨、猫好きは飼育の助け合い、英会話であれば外国人との実践的なスピーキングといった、特別な体験を提供しています。
これまで20 棟を立ち上げ、現在は9 棟、約250室を管理しています。価格は光熱費や通信費込みで6 万円~10 万円弱。今では大手ディベロッパーなども視察に訪れます。
「準家族」のような関係が原点
― 内野さんは大手IT 企業のエンジニアとして社会人のキャリアを始めました。シェアハウス事業を始めたきっかけは。
内野 20代のころ、大企業の一員として「レールから外れたらおしまいだ」と、もがくように働いていました。そんな時、英語を身につけるため、外国人が半数を占めるシェアハウスに入居したんです。同世代のフリーランスなど価値観の違う人と毎晩語り合い「こういう生き方もあるんだ」と視野が広がりました。他人なのに一緒に喜んだり、悲しんだりし合える「準家族」のような関係に感動したんです。
ただ、シェアハウスで生活していると周りに言うと、「お金に困ってるの?」と心配されました。私のようにシェアハウスを通じて「誰もが毎日をワクワクできる社会」を作ろうと、2009年に彩ファクトリーを立ち上げました。
― 勝ち筋は当初から見えていたのですか。
内野 普通ならシェアハウスを選ばない会社員が、胸を張って住めるコンセプト特化型の物件を広めれば、眠ったマーケットを掘り起こせると考えました。
物件の多くは使われなくなった社員寮などです。オーナー様にリフォームしていただき、一棟丸ごとサブリースで借り上げています。
最初は3棟から立ち上げ、1年に1~2棟ずつ増やしました。家賃は相場からあえて下げていません。安さ目当ての方が入るとコミュニティの純度が下がります。高い付加価値の提供で、ほぼ満室に近い稼働率を維持しています。
コミュニケーション活性化の工夫
― 入居者のコミュニティを活性化させるための工夫はありますか。
内野 起業家シェアハウスは「40人の起業家に囲まれて相談し合える環境」を用意しました。まさに駆け出しの起業家である自分が欲しかったものです。自社イベントで使えるセミナールームを完備し、交流会も毎月開いています。

起業家シェアハウス「x-garden桜台」のセミナールーム(東京都練馬区)
LINEグループで「明日、大企業へのプレゼンがあるから練習に付き合って」と呼びかけて、仲間から遠慮のない意見をもらい、契約を勝ち取った経営者もいました。来月倒産するかもしれないという状態から、入居者のアイデアで立ち直り、年商数億円の企業に成長させた起業家も生まれました。
猫好きのシェアハウスには、飼い主同士が触れ合える共用ラウンジを設けました。出張などで不在の時も他の入居者に愛猫を預けられます。実は猫が好きだけど事情で飼えない人も住んでいて、他の入居者の猫とじゃれあっています。

「にゃんこの森 横浜」の共用ラウンジは、さながら猫カフェ
英会話シェアハウスでは外国人比率が3割以上になるようにしています。ラウンジで毎日ネイティブと話せる環境を作り、LINEのやり取りも英語。週2回の英会話レッスンも賃料に含まれます。
入居者をつなぐファシリテーター
― 共通の価値観に支えられた入居者のコミュニティこそが、コアコンピタンスですね。一方、物件数が広がると経営者の目は届きにくくなります。コミュニティという無形の価値を、どうやって持続可能なビジネスにしたのですか。
内野 一般的なシェアハウスはスタッフを常駐させませんが、私たちは各物件にハブ役の「ファシリテーター」を1〜3人置いています。コミュニティへの貢献意欲が高い入居者に、月数万円の業務委託でお願いしています。ファシリテーターの大事な役割は入居者が良い体験を得られるよう、日常的にお声かけすることです。私とファシリテーターはLINEグループでつながり、日々相談し合います。
入居希望者の内覧対応も重要な仕事です。単なる案内ではなく、実体験をもとに「こういう年齢や国籍の人が住んでいて、どんな振る舞いをすればあなたの目的が達成できますよ」と相談に乗ります。ニーズを丁寧に聞き取り、価値観の合わない方、他の入居者に不快な思いをさせる方はお断りすることでミスマッチを防いでいます。
― ファシリテーターの負担が大きくならないですか。
内野 ファシリテーターは「人と人をつなぐ仕事」に集中できるよう、ルーティン作業は仕組み化を徹底しています。清掃は外注し、入居契約、入金管理・督促などはIT化を進め、私と妻で巻き取っています。
ファシリテーターをスカウトする際は、単なる管理人ではなく入居者に愛情を届ける仕事であることを暑苦しいくらい伝え、共感してくれる方に引き受けてもらっています。
ただ、縛るような管理は一切していません。優秀なファシリテーターほど1年くらいで次のステップに進むものです。次の候補者を推薦してもらい、気持ちよく卒業してもらいます。そうして常に熱量の高い人で回す循環を作っているんです。

コミュニティづくりがファシリテーターの役割
ありのままを見せる「正直経営」
― サービスを磨いても認知拡大に悩む中小企業は少なくありません。その点、貴社は多くのメディアで取り上げられ、SNSにも積極的です。
内野 創業当初は広告予算が乏しく「いかにメディアに取り上げてもらえるか」というゴールから逆算して事業を企画しました。起業家や英会話のシェアハウスは「業界に先駆けた取り組み」、猫好きシェアハウスは「日本最大級」というキーワードをプレスリリースで打ち出すなど、新規性や社会性を意識しました。一度関係ができた記者さんには、新しい物件を立ち上げた際に直接連絡しています。
「○○で取り上げられました」とSNSで発信することで信頼が広がります。オーナー様への新規営業はしていませんが、日経新聞や全国ネットの番組などを見て「うちの物件もシェアハウスにしてくれないか」と連絡をいただきます。マスメディアの信用力は絶大で、SNSだけで発信するよりはるかに効果がありますね。
― シェアハウス内部のバーチャル見学ツアーも目を引きます。リアルな生活空間を飾らずに見せていて驚きました。
内野 最大の目的は、過剰な期待によるミスマッチを防ぐことです。 「ありのままの姿」をさらけ出すことで、納得した方だけが見学に来られ、ファシリテーターの内覧対応の負担軽減にもつながります。入居者数だけを追っても、不満を持たれて退去され、悪い口コミを書かれる方が経営的にマイナスです。「正直経営」を貫くことで、関係者全員がハッピーになれると考えています。
規模拡大をやめて現場で戦う
― 今後、新たに取り組みたい事業はありますか。
内野 京都市に家族向けアパートと単身者向けシェアハウスを併設した「Fespa京都」を作り、多世代交流を実現しています。今後はシェア型住居を作り始めている大手ディベロッパーとのコラボレーション物件にも参画したいです。

ファミリーと単身者の交流を生むFespa京都
もう一つは高齢者向けのシェアハウスです。高齢者の単身世帯が増えるなか、政府もシェアハウスの必要性を訴え始めています。身寄りのない高齢者が幸せになれる場所作りには挑戦する意義があります。現在、調査を進めているところです。
― 最後に、内野さんにとっての「逆算の経営」とは。
内野 10年ほど前、周りの経営者に刺激され、拡大路線で上場を目指した時期もありました。現場から離れて経営に専念したのですが、つまらなくなってしまって…。それから規模を追うのをやめ、目が届く10棟程度を適正とし、現場でファシリテーターと一緒に戦うスタイルに戻しました。
時代が激変する中、かつての私のように「社会のレールから外れたらおしまい」と思う若者が多いかもしれません。コンセプトシェアハウスで「この環境なら変われるかも」と思ってもらい、日々の小さなアクションを楽しめる。そんなプロセスが生まれることを期待しています。
起業も、猫も、英会話も、すべてはそうした思いから生まれたシェアハウスです。これからも「誰もが毎日をワクワクできる環境づくり」というゴールから逆算して、社会に貢献したいですね。
※取材内容は2026年4月時点
| [企業情報] 株式会社彩ファクトリー Website https://irodorifactory.com https://www.instagram.com/irodorifactory/ YouTube https://www.youtube.com/user/irodorifactory |
(余禄)正直、取材前は「コンセプトシェアハウス」に、やや心配な気持ちもありました。棟数が広がればあつれきも増え、コミュニティの維持が難しくなるのではと思ったからです。しかしお話を伺うと、コンセプトは磨きつつ、ファシリテーターへの権限移譲や業務の巻き取りなどで、持続可能なビジネスにしている様子が伝わりました。
内野さん自身、一番のヘビーユーザーとしてシェアハウスに住むからこそ、熱量とロジカルな経営が両立できるのではないでしょうか。これからも現場に根を張ったビジネスで、彩り豊かな花を咲かせていただきたいです。(廣部 憲太郎)




