#36 Book & Garden カフェ 里葉 店主 坂下睦子さん

「里葉」は大塚駅から徒歩10分の、閑静な住宅街にあるブックカフェです。お店のコンセプトは、「人とのつながりを生む 本と庭のある場所」。カフェの営業だけでなく、好きな本を語り合うブックトークなどの定期的なイベントの開催や、貸しスペース・シェアキッチンの運用も行い、人々がつながる場を提供しています。
今回は、カフェの店主である坂下睦子さんに、お店に込めた想いや経営についてお話を伺いました。
(※ この記事は、地域の大学生がキャリア教育の一環として会社経営者に取材を行い、中小企業診断士の監修のもと執筆したものです。)

孤立化を防ぐ「サードプレイス」をつくりたかった

― どのような経緯でこのお店を開業しようと思ったのですか?
 
坂下 ここはもともと叔母の家だったのですが、叔母が施設に入ることになり空き家になってしまいました。そのままにするのはもったいないなと思い、お金ではない価値を生み出す場所としてこの場所を有効活用したいと思ったことがきっかけです。
 また、自分自身が子育てをしているときに、1人目の出産の時点ですでに母が亡くなっていて、孤独を感じることがあったんです。この経験から、子育て中の母親たちが話せる場所を作りたいと漠然と思い描いていました。さらに以前薬剤師として働いていた際に、世間話とかちょっとした会話が患者さんの気分をポジティブな方向に変える力を持っているということも感じていました。世の中全体でも、孤立化が社会問題になるなかで、それを防ぐ場所の必要性を考えるようになりました。
 そんなときちょうど、気軽に話ができる「サードプレイス」(注:自宅や職場、学校とは別の居心地の良い第3の場所を指す言葉)としてカフェが認知され始めていて、カフェをやれば誰でも来ることができると思いました。カフェ以外にもイベントも行うことで参加者がお互い刺激を受ける場にもなり、人とのつながりのなかで文化的にクリエイティブな場所をつくることができて良いのかなと考えました。
 
店主の坂下睦子さん。お店には大きな本棚が壁一面に広がっている

店主の坂下睦子さん。お店には大きな本棚が壁一面に広がっている

― カフェの他に、貸しスペースなどもされていますよね。
 
坂下 カフェの経営っていうのを考えてみると、この場所は住宅街の奥まったところにあるので、そんなにお客さんも来ると思えなかったんです。経営として成り立たなくなると続けられなくなってしまうので、収益をあげてお店を続けるための別の仕組みを考えました。それがスペースをレンタルすることとシェアキッチンをすることで、今も続けています。カフェは金曜日と土曜日に営業し、イベントは日曜日に開催、それ以外の曜日にスペースを貸し出しています。収益は貸しスペースの方で確保し、カフェとイベントは人とのつながりを生む目的で実施しています。
 

幸せが感じられる空間へのこだわり

― 貸しスペースで収益を確保するという経営の視点と、イベント・カフェでのつながりを生む「サードプレイス」としての役割をうまく両立されているのですね。ところで、人とのつながりをつくる場として、カフェではなく、ブックカフェにした理由は何ですか?
 
坂下 ブックカフェは、自分も本が好きだったということもあり、自由に本が読める場所をつくりたいなと思いました。図書館もありますが、飲食ができないですよね。お茶を飲みながら読書できる空間があればよいなと思い、ブックカフェにしました。
 
― お店に置く本はどのようなものを選んでいるのですか?
 
坂下 自分がいいなと思った本や、人に勧めたい本をそろえています。例えば「100分で名著」シリーズで取り上げられているような、読み継がれている本、普遍的な本や古典的な本が多いです。また、「ブックトーク」というおすすめの本を紹介するイベントを時々行っていて、その時に紹介された本を一定期間置いています。ほかに「まちライブラリー」(注:個人や団体が本の貸し借りなどを行う、まちの図書館活動)として読書好きな方が選んだ本を置いているコーナーもあります。
 
― 本を通してつながりを生み出す「まちライブラリー」の取組みはとても素敵ですね。本の他に店舗でこだわっているものは何かありますか?
 
坂下 居心地の良い空間です。私自身素敵な内装や建築の場所にいるとリラックスできたり、幸せな気持ちになれるんです。ですので、来てくださった方がホッとして、リラックスできるような空間づくりを大切にしました。そこで、いろいろな建築家の方や会社を訪ね、相談しながら時間をかけてリノベーションをしました。
 
― 外のお庭もとても素敵ですね。
 
坂下 この庭も、来てくださる方がリラックスできるといいなと思った空間づくりの一つです。庭はもともと叔母が手入れしていたのですが、叔母が不在になってからしばらく放置されていて、もったいないなと思っていました。そのため、せっかくならこの庭も楽しんでもらいたいと、テーブルや椅子が置けるようにリノベーションしました。草木は生き物なのですぐに伸びて手入れは大変ですが、私自身自然が好きなので、都会の中で少しでも自然を感じられる場所になればいいなと思って手入れをしています。また、庭があることが他のカフェとの差別化になるなと思い、それが「本と庭のある場所」というこのカフェのコンセプトになっています。
 
お店の入口そばのきれいに手入れがされた庭。ドッグカフェとしても利用することができる。

お店の入口そばのきれいに手入れがされた庭。ドッグカフェとしても利用することができる。

― 他にもこだわっている点はありますか?
 
坂下 お店で提供するものの材料や調味料も、国産のもの、身体によいもの、添加物がないものなどにこだわっています。利益を第一に考えると材料費を抑えようとしてしまいますが、自分が良いと思っていつも使っているものを利用して提供しています。例えば、ランチでは家庭料理を出しています。お金を出せば贅沢な食事はなんでも食べられますが、手作りの家庭料理が実は一番贅沢なのではないかと思っています。私が一番食べたいものが、丁寧な手作りの家庭料理なんです。
 

気がつくと「ソーシャルビジネス」だった

― 経営をしっかり成り立たせつつ、お客さんが快適に過ごせるためのこだわりを大切にされているんですね。
 
坂下 自分としては経営は初めてで、経営っていう感覚ではないというと変なんですが、最初はいいことをしようみたいな気持ちが強くて、でもやり始めて後から考えると、これってソーシャルビジネスっていうくくりなんだな、ということに気づきました。ソーシャルビジネスは、社会的な課題を解決するためという明確な目的があり、その手段としてビジネスを使うというものなので「あ、この経営で合っていたんだ」という感じです(笑)。
 ソーシャルビジネスは難しくて、経営としての利益追求と、社会に良いことをしたい気持ちのバランスをうまく保てたら良いなと思います。
 
― 2021年の開店から約3年が経ちましたが、これまでの歩みを振り返ってみて何か印象に残っていることなどはありますか?
 
坂下 開業した直後にすぐにコロナ禍になってしまい、夜中にふと目が覚めて「こんなことをはじめてしまったけど大丈夫かな」と不安になることもありました。でも、この空間を気に入ってくれる人はどこかにいるだろうという希望的観測があって、いつかその人たちと一緒に何かできるんじゃないかと思っていました。実際、コロナ禍の一年目から、音楽家の方が弦楽四重奏の演奏会をしてくださりました。ほかにも声優さんのYouTubeのドラマで使われて、そのファンの方がたくさんいらしてくださいました。お客さんが少ないときにとてもありがたかったです。
 
―お店自体が人とのつながりでここまでずっと続いているという印象を受けました。お客さんの視点に立って良いものを提供しようとされていることが実を結んでいるのだと思います。
 
坂下 続けているうちにここを見つけてくださった方がカフェの常連さんになってくれています。波はありますがなんとか続けていけています。ブックトークもイベントとして続けていて、その中で緩い繋がりができているのを感じます。
 
こだわりの詰まった居心地の良い空間。お店に入るとすぐにキッチンスペースがあり、その奥がカフェスペースとなっている

こだわりの詰まった居心地の良い空間。お店に入るとすぐにキッチンスペースがあり、その奥がカフェスペースとなっている

― 集客についてお伺いします。里葉さんをお客さんに知ってもらうにはInstagramが中心なのでしょうか?
 
坂下 私はInstagramをやっていなかったので、最初はスタッフだった娘がInstagramで発信していました。そのあと娘が卒業したので自分でもやるようになったのですが、はじめは慣れていないので、世の中に情報を発信することに緊張しました(笑)。今は週に一回ほどカフェや庭の様子について投稿しています。集客につなげるというよりは、投稿を見てくれている人のために、という感じでしたが、最近はInstagramを見て来店されたという方もいらっしゃるので、頑張って投稿しています。ほかにもGoogleマップを見た方やたまたま通りがかった方もいらっしゃいます。
 あとは、ここが2024年1月期に放送された民放ドラマ「アイのない恋人たち」の撮影場所として使われ、その反響も大きかったです。今はすっかり落ち着きましたが、その頃はファンの方がたくさんご来店されました。その影響もあったのか、東京の注目店としてInstagramのインフルエンサーの方に紹介してもらいませんかという電話がかかってきたんです。光栄なことだったんですが、丁重にお断りさせていただきました。
私はもともと儲けるためというより「社会にとって良いものを提供したい」と思い、来てくれた人が居心地よく過ごせることを目的にお店をやっているので、急に客数が増えた結果、居心地の悪い思いをさせてしまったら本末転倒です。本来の目的を忘れずに、そこから逸れないようにすることを大切に、経営をしたいと思っています。
 
人とのつながりを生み出す場所として表彰されている。

人とのつながりを生み出す場所として表彰されている。

[企業情報]                                              
Book & Garden カフェ 里葉
ホームページ:https://riyou-bookgarden.com/

(余録)
人と人のつながりを生むことをコンセプトとしているブックカフェ里葉さんは、お店自体が人とのつながりのなかで様々な取り組みを実践されています。つながりがつながりを生むこのお店は、「サードプレイス」として、そして今後さらに個人の表現ができる場としての顔も持ち、これからも多くの人の心に寄り添い続けるカフェとなるでしょう。
(取材・執筆:堀口 さくら
 監修:中小企業診断士 倉田 雅光)

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