#16 株式会社そら  代表取締役 内藤千裕さん


 2004年に大手印刷会社のデザイン・企画・印刷の外注としてスタートし、現在は高級パッケージ(貼り箱)の製造・販売を中心に事業を展開する株式会社そら。代表の内藤千裕さんは、広告代理店から転職後、15年ほどのキャリアを経て、2020年に代表取締役に就任しました。

 以前は大手印刷会社からのイベント関連の仕事を多く手掛けていましたが、コロナ禍でイベントが急減したことから、時流を見極めて通販用高級パッケージ事業に集中。デジタルを活用した新サービスも好評を博しています。

 このように、ニーズの変化を的確に捉えて柔軟に対応してきた株式会社そらですが、その情報収集力や対応力はどこからくるものなのでしょうか?秘密を探りました。
 
 

ものづくりは「お客様の望み」ありき

 
-ホームページの会社案内に「お客様の理想をカタチにする」という言葉が掲げられていました。これは内藤代表の強い思いではないかと想像しますが、いかがでしょうか。
 
内藤 私が仕事を始めたころから、ずっと指針にしてきた言葉です。社長に就任したとき、「自分が社長をやるということは、こういうことだ」という気持ちで、経営理念として掲げました。聞こえの良い言葉ですが、実際にやるとなると非常に大変です。「カタチにする」までには、お客様の様々な理想を汲み取り、実現方法を模索しなければなりません。
 お客様は、「より多く売りたい」「開けたときに気分が盛り上がるようなパッケージにしたい」など、それぞれが多様な思いを持っています。その理想を達成するためには、私たちの現状のスキルだけではできないこともあるので、日々勉強したり新しいことを取り入れたりしています。できないことも、できるようにしていくのです
 
 

代表取締役 内藤千裕さん

 
-単に自分たちが良いと思うものを作るのではなく、お客様の理想に合わせるのですね。
 
内藤 はい、当然のことです。世間ではよく誤解されていますが、「デザイン」はお客様に良いと言われなければ価値が一切ありません。自己満足で良いアートとは違って、ものづくりはお客様が満足して初めて商売になります。そのため、徹底的にお客様の要望を引き出し、ロジカルにカタチにしていくという、「お客様の望み」ありきの姿勢が重要なのです。
 
 

不足でも妥協しない「人材確保」

-現在、「お客様の理想をカタチにする」という経営理念の達成度合いはどの程度でしょうか。
 
内藤 「全てのお客様に対して」と考えると、10~20%くらいでしょう。問い合わせに対する成約率はこちらからお断りする場合も含めて2~3割程度で、とても全てのお客様の理想を実現しているとは言えない状況です。
 
-随分と厳しい自己評価ですね。
 
内藤 そうですね。一方で、既存のお客様や協力会社からは高い評価をいただいています。ありがたいことに、得意先である大手印刷会社様では、「困ったことがあればそらに行け」と言ってもらっているそうです。
 
-「お客様の理想をカタチにする」という目標に向かうために改善したいことはありますか。
 
内藤 素養を持った人材の確保と教育は喫緊の課題です。中途採用が中心ですが、募集要項に厳しめの要件を書いているため、応募者は少ないです。百万円近くかけて求人情報を掲載したのに、採用者数がゼロだったこともあります。それでも、高い要求に応えるプレッシャーを心から楽しめるような人材でなければ長続きしないと考えるため、敷居を下げて募集することはしません。
 幸いなことに、今いる社員たちは皆、非常に高いマインドを持って取り組んでくれていますので、皆で一つ一つ課題をクリアしていくことで、目標に近づいていけると考えています。
 
 

背景まで汲み取ってデザインに凝縮

 
-具体的には、どのような素養が必要なのですか。
 
内藤 我々はファブレスメーカーであって工場を持たないので、「いかに最適な提案をお出しできるか」が鍵です。お客様のご要望の背景にあるビジネス課題まで汲み取って提案できるのがベストです。
 
-クリエイティブな能力だけが重要なのかなと想像していましたが、違うのですね。
 
内藤 もちろん、それも非常に重要です。当社では、美大を卒業してクリエイティブな能力を身に付けた者が営業もデザイナーも務めています。お客様の要望は、「カッコイイ箱を作ってほしい」といった抽象的なものが多いので、背景も含め「カッコイイって、どういうこと?」と突き詰めて考えていきます。その結果を凝縮し、デザインに落とし込んでいくのです。それって、クリエイティブな能力が第一です。そうした能力を持たない営業が「カッコイイもの」という表面的な言葉だけを持ち帰ってデザイナーに伝えても、意思疎通がうまくいきません。
 
 

「思い」があれば自然と情報集まる

 
-ホームページを拝見すると、NFC(Near field communication: 近距離無線通信)を活用した情報発信サービスが紹介されていますね。積極的に新しいことに取り組んでいるという印象を持ちました。
 
内藤 はい。お客様の相談から生まれたサービスです。ある化粧品会社のリピート率向上施策についてご相談をいただき、いろいろと調べるうちにNFCチップは紙との親和性が高いことがわかったので、ご提案しました。最初は試しに3,000ほど、商品に同梱するタグにNFCチップを組み込んだものを作ったところ、アクセス率が700倍程度になったのです。
 

NFCが組み込まれたパッケージにスマホでタッチすると情報にアクセスできる(株式会社そら ホームページより引用)

 
-それはすごい。驚きの効果ですね。
 
内藤 そうなんです。その後、DM(ダイレクトメール)3万部に採用していただきました。NFCを組み込んだDMは単価が高いので、見合った効果が出るかどうか我々も先方の担当者も不安だったのですが、やはり情報へのアクセス率が跳ね上がり、費用対効果が非常に高いということが証明されたのです。そこで、パッケージにNFCを組み込むというサービスとして展開することになりました。
 
-「お客様の理想をカタチにする」という経営理念を体現しておられますね。
 
内藤 お客様と一緒に考え抜いて、ご要望に応えた良い例ではあります。

 他にも、得意先である大手印刷様向けの印刷事業では雑多な相談を受けています。例えば「着ぐるみ作れる?」という相談があり、協力先を探してご要望に応えたこともあります。

 「思い」を持って仕事に取り組んでいれば、普通ならスルーしてしまうような情報がいろいろと集まってきます。次にお客様から相談を受けたときに、それを引き出しから取り出すことができるのです。

 

AIで印刷の敷居を下げる

 

-世の中における様々な環境変化のうち、内藤代表が特に意識されていることはありますか。

内藤 デジタルやAI(Artificial Intelligence:人工知能)は、私たちの仕事にとっても不可欠なものになっていくと考えています。10年後、今やっている事業の重要な部分は別として、軽い部分は全てAIが提案してデザインもするという仕事の仕方を目指したい。

- とてもチャレンジングですね。

内藤 チャレンジングではありますが、自分たちがやらなければ誰かがやるだろうと想像しています。

 商業デザインはとてもロジカルなので、実はAIと親和性が高いはずです。膨大な選択肢からチョイスして組み合わせるという作業は、AIが得意なことです。アートに近いところだけは人間が手掛ける必要があると思いますが、汎用的なデザインはAIに任せられるのではないでしょうか。

 SNSの普及で情報発信の敷居が下がり、一般の人たちからの情報発信が爆発的に増えましたよね。印刷も、デジタルで利用者の敷居を下げることで、利用が増える可能性があります。

- 敷居を下げるとは、どういうことですか。

内藤 印刷業界は、非常に複雑な構造をしています。例えば、チラシ一枚を作るためにも、製紙会社、紙問屋、デザイン会社、製版会社…というように工程ごとに多くの会社が関わってきます。紙も印刷機も印刷方法も様々な種類がある。それぞれの特徴を覚えていないと、チラシを作ることはできないのです。大手印刷企業の社員も、自分で見積もりができるようになるのに2~3年はかかると言われます。

チラシ作成工程のイメージ(筆者作成)

 そのため、素人の利用者にとって非常に敷居が高い。ネット印刷はそうした牙城を崩してきましたが、それでもまだ、チラシ一つ発注するにも素人の方は相当苦労します。デザインや仕様を決める工程がサービスから欠けているためです。それをAIにやらせることが可能になれば、素人の方が印刷するハードルはぐっと下がるでしょう。

- 面白いですし、もし実現できれば皆の役に立ちますね。一方で、御社の優位性は脅かされませんか。

内藤 そんなことはないと考えています。デザインを最後に選ぶ人間のスキルにより、完成度は全く変わってくるはずです。私たちは、AIと人間の両方を活かし、住み分けを確立していきたい。

 例えば現状では、「パッケージを100個、単価は200円、合計2万円で作りたい」といった小規模な案件は労力に見合う対価をいただけないのでお断りせざるを得ませんが、AIを併用すれば、そういったご要望にも応えられるようになります。

- そのような未来に向けて取り組んでいることはありますでしょうか。

内藤 一つ一つ取り組んでいかなければなりませんが、まずは今年、ホームページの使い勝手改善に取り組んでいます。例えば、パッケージのサイズや仕様を入力すると価格が表示されたり、そこから注文画面に進めたりというレベルに持っていこうとしています。

 

業界全体をハッピーに

- お聞かせいただいた取り組みで、世の中にどのような価値をもたらしたいとお考えでしょうか。

内藤 現在、私たちのいる印刷業界とその周辺は、疲弊しています。しかし、デジタルを活用して利用者の裾野を広げていくことによって、業界全体がハッピーになれると考えています。

 当社のような小さな会社は、業界全体の浮き沈みと一体です。アナログな印刷の世界を捨ててデジタルに移行するという道もありますが、印刷業界で培ったスキルを今後も活かしていくのであれば、業界全体を盛り上げないと当社も盛り上がらない。

- 最後に、今後の目標はありますか。

内藤 私の在任中に、デジタルやAIを活用して印刷の敷居を下げるという夢は実現したいです。

 これまでもお客様のご要望に応えるために方法を模索しながら取り組んできたように、縦割り組織の大企業にはない実行力を活かして実現させたいと考えています。

 

※取材内容は2023年1月現在
【企業情報】 株式会社そら
                              
〒162-0833 東京都新宿区箪笥町13番地 グローバル新神楽坂5F
 
 
 
 
(余録)「『思い』を持って仕事に取り組んでいると、情報が自然と集まって来る」という内藤代表の言葉がとても印象的でした。

 内藤代表と社員の方たちは、(1) 日々のデザインの仕事の中で、お客様の理想を叶える提案をロジカルかつクリエイティブに考え抜く、(2) 難しい要望にも試行錯誤して対応する、(3)利用者の裾野を広げて業界全体を引き上げるためデジタル化に挑戦する、という3つのレベルで、「思い」を込めて仕事に取り組んでいます。株式会社そらが、ニーズの変化を的確に捉えて柔軟に対応する力を持つ理由は、ここに凝縮されていると考えます。(藤井 真奈香)