#35 手作りお弁当・お惣菜「やじきた」 取締役社長 内田 勲さん
西武池袋線東長崎の駅前に、半世紀にわたり地域の人々に愛され続けている惣菜販売店があります。間口約4メートル、ショーケースで店頭販売をしているこぢんまりとしたお店ですが、お客様からの人気は絶大です。過去に多くの同業者や競合大手チェーンが近隣に出店しましたが、撤退を余儀なくされました。口コミサイトや雑誌、テレビなどでも幾度となく取り上げられたこの大人気店「やじきた」は、どのように大手との競争に勝ち抜き、長きにわたって人気を得続けてきたのでしょうか。社長の内田勲さんに話をうかがいました。
変化を余儀なくされた創業期
― まずお店の創業当時の話をお聞かせください。
内田 店を始めたのは今から51年前です。それまで私はレコード会社に勤めるサラリーマンでしたが、脱サラして飲食店を始めました。最初は惣菜店ではなく、手打ちうどんの店です。私は料理学校に行っていたわけではなく、飲食店での修業経験もないまったくの素人でした。素人が始めたうどん屋がすぐに繁盛するはずもなく、厳しい経営が続いていました。その後、昭和50年前後に「おにぎり屋さん」がブームになり、東長崎近辺にもおにぎり店が次々と開店します。うどん店がうまくいかず店の方向性に迷っていた当店は、ブームに乗っておにぎりの店頭販売に業態を変えました。
― うどん店からおにぎり店への転換とはかなり思い切った決断ですね。経営状況はいかがでしたか?
内田 おにぎりの評判は良く、経営はそこそこうまくいきました。でもブームは長続きしません。終焉とともに業界全体の売上がダウンし、近隣に出店していた店は次々と閉じて撤退していきました。
そんな中で当店はなんとか売上を維持し、店を存続させることができました。その理由は「プラス1品」にあったと考えています。多くの同業店はおにぎりの単品販売で、ブームの最中は特に何もしなくても売れましたが、単品だと次第に飽きられてくるんですね。当店は手打ちうどん店時代に、夜のアルコールのつまみとしてひじきや唐揚げ、煮物などの惣菜を出していたので、その時の経験をいかして「おにぎりと惣菜の店」という色を打ち出し、他との違いを出しました。
といっても最初から特色を出そうとしていたわけではないんです。店を軌道に乗せるために自分でできることは何かを毎日必死で考えて、味に自信があった惣菜をメニューに加えようと思い立ち、それが結果的にうまくいきました。
苦境の中で見つけた自社の強み
― 差別化は競争に勝つための必須要素です。毎日必死で頭を悩ませた結果が「プラス1品」の差別化につながったんですね。でも、おにぎりから現在のお弁当・惣菜の店に変わったのはなぜですか。
内田 おにぎりは毎日毎食食べるものではなく、どうしても食べるシーンや顧客層などが限られます。店が存続できたとは言え、ブームが終わったら売上は停滞し、再び悩ましい時期が続きました。
そして少し経ったころ、今度は「お弁当屋さん」のブームが来たんです。核家族化が進み、共働きが増えるにつれて、持ち帰りできる温かいお弁当の需要が高まっていた時期です。おにぎりと同じように大手チェーンをはじめ多くの弁当店が近くに出店してきました。売上停滞に悩んでいた当店は再びこのブームに乗ろうと、おにぎりから持ち帰り弁当に業態を変えました。
そして、ここでも生き残りのカギを握ったのは「プラス1品」でした。
おにぎり店の時代から当店の惣菜を気に入っていただいているお客様が多かったので、弁当だけでなく惣菜を求めて店にいらっしゃる方も増えていました。弁当と惣菜は非常に相性が良く、弁当のおかずだけでは何か物足りない時に惣菜を1~2品加えるだけでとても満足感が高まります。また、家にご飯はあるけれど、おかずを何か一品加えたい時に惣菜だけ購入される方も多くいらっしゃいます。
都心に通う忙しい世帯が多いというこの地域の住民属性と「お弁当プラス1品」という業態がピッタリ合ったのでしょう。地域のお客様の温かい応援をいただきながら現在に至ります。
業態ならではの課題に直面
― 差別化はここでも活かされていますね。非常に順風のように見えますが、現在の課題を教えていただけますか。
内田 やはり最近の原材料費の値上がりが経営を直撃していますね。お客様に長い間ご愛顧いただいているのは、その味とともにリーズナブルな価格設定が大きいと思っています。そのため、原価の値上がりを商品価格にそのまま転嫁することもできないので、量の調整などで何とかやりくりして凌いでいます。お客様が不満に感じるようなことは絶対にしたくないので、この問題は早急に解決しなければなりません。
― コロナの影響はどうでしたか。
内田 コロナとその後の生活スタイルの変化でお客様の行動もずいぶん変わりました。在宅勤務だと家で料理ができるので、惣菜や弁当ではなく、食材をスーパーに買いに行く人が増え、どうしても来店客は減ります。その一方で、ウーバー・イーツや出前館など食品宅配サービスを利用するお客様が非常に多くなっています。当店は早いうちからこれらのサービスと契約し、家にいながら「やじきた」を味わえるようにしたのですが、問題は食品宅配業者の注文時間のピークと来店客のピーク時間が重なってしまうことです。
家族とパートさん5人で店を回しているので、昼や夕方の繁忙時間帯は来店客の対応でかなりバタバタしますが、食品宅配業者さんは時間の制約があるのでそちらにも配慮しながら用意しなければなりません。食品宅配業者さんのホームページなどに広告を出すと非常に効果があるのはわかっているのですが、今の状態で繁忙期にこれ以上注文が来ても対応できないのが現状です。惣菜店という業種の特性上、時間帯によって繁閑の差が激しいのは仕方ないことですが、その中でどのように売上を伸ばしていくかが今後の課題です。
無意識に実践していた顧客志向経営
― 悩ましい問題ですが、課題は明確に把握されていらっしゃいますね。「ピーク時間平準化」の解決策に今後の成長のカギがあるように感じます。
ところで一つ疑問なのですが、お弁当プラス惣菜の店は他にもたくさんあります。今はスーパーやコンビニでも温かいお弁当を買うことができます。その中で「やじきた」がここまで長く支持され続けている理由は何だと思いますか。
内田 正直、わかりません(笑)。最初から長期の経営ビジョンを描いていたわけでもなく、業態を変える時も特に綿密なマーケティング調査をしたわけでもありません。ただ一つ挙げるとしたら「味」にはこだわっています。
先ほど申し上げたとおり私は料理に関しては素人同然です。子供の頃に食べた母親が作った惣菜の味が自分にとって一番美味しいものだったので、それを再現できるように試作、試食を繰り返し、かなり近い味が出せるようになりました。その味を多くのお客様が気に入ってくれています。
その一方で新しい味にも常にアンテナを張るように心掛けています。近所に新しい飲食店ができたら必ず行くようにして、美味しかったら自分のメニューにどのように取り入れようか考えます。また、店頭販売の店なのでお客様との世間話がヒントになることもあります。「最近血圧が高いからちょっと薄味のものがいいんだけど」などの声があればできるだけ拾うようにしています。
― ベースの味付けは決して変えないながらも、新しい味やお客様の声は積極的に取り入れる。無意識のうちにカスタマー・オリエンテッドな経営を実践されていたんですね。話をうかがうとお客様との距離が非常に近いように見受けられます。
内田 同じ地域で長く続けているため、常連さんには世代を超えてご愛顧いただいている方が多くいらっしゃいます。子供のころ母親が買ってきてくれた「やじきた」の唐揚げが大好物で、今、子を持つ親になってもよく買って帰り、食卓に出しているうちに、そのお子さんも「やじきた」の味が大好きになったという話を聞きました。また、別の地域に引っ越された方がわざわざ買いにいらっしゃることもあります。先日は北海道に引っ越された方が同窓会で東京に来る機会があったので、どうしても味が忘れられない「やじきた」の惣菜を買って帰ろうとお寄りいただいたこともありました。
スーパーなどの惣菜は種類が豊富で見た目も美味しそうなのですが、記憶に残る味は手作りでないと出せないと思っています。お客様は新しい店ができると試しに買ってみる方が多く、一時的にそちらに流れていきますが、同じような値段ならやはりいつものお弁当や総菜を味わえる「やじきた」の方がいいということで、戻って来てくれます。これは大変幸せなことです。この「味」こそが当店の最も大事な宝なので、これは守り続けていきたいと思っています。
将来も競争力の源泉は変わらぬ「味」
― 競合店ができることによってお客様は味の比較ができて、改めて「やじきた」へのロイヤリティが高まるという結果になっているのですね。
それでは最後にこの先「やじきた」がどうなっていくか、将来像をお聞かせいただけますか。
内田 店を始めて今年で51年なんですが、実は53年で引退しようと思っていたんです。「やじきた」の店名は、仲が良い義兄と2人でよく「弥次喜多のようだ」と言われていたことが由来ですが、五十三次にちなんで53年を一つの区切りにしようと考えていました。半分冗談で言っていましたが、気がつけばあと2年しかないですね(笑)。これだけお客様にご支援いただいているので、さっさと店を畳むわけにもいきません。家族も含めてどのように続けていくか考えています。
ただ、誰が経営しようと、「やじきた」の根幹にあるものが「味」ということははっきりしています。この「味」をしっかり残していくにはどうすればよいか、今から検討し、実行して変わらぬ味を提供し続けていけば、この先環境がどのように変わろうと多くのお客様から変わらぬご愛顧をいただけると思っています。
― 大変貴重なお話、ありがとうございました。
※ 取材内容は2024年10月現在
[企業情報] 手作り弁当・惣菜「やじきた」 |
(余録)規模の大小に関わらず長寿企業に共通しているのは、特別なことは何もしていなくて、お客様が求めているものを、誠実に、こだわりを持って提供し続けていることではないでしょうか。今回取材した「やじきた」さんも、こだわりの「味」を頑なに守り、それが結果的に差別化や顧客志向経営につながるという、長寿企業にとっての「逆算の経営」を無意識のうちに実践されていました。
相次ぐ競合の出店に勝ち残ってきた理由を内田社長に聞くと「正直わかりません」と笑いながら謙遜されていましたが、その心の奥からは、お客様に喜んでいただける味をリーズナブルな価格で提供し続けるという強い信念と矜持を感じました。(浦野 創)