#31 株式会社HATSUI 代表取締役 高間祥文さん
プロモーション戦略の立案から声優の卵の育成、中小企業の社内報作りまで、株式会社HATSUIは一見、バラバラの事業を多角展開しているかのようです。しかし、「考えだす、着想する」を意味する「発意」という理念を社名に込めて創業した高間祥文さんは「どの事業もシナジー効果を考えてスタートしている」と強調します。
多彩な活動の源に流れる思いを聞きました。
イノベーティブな事業を中小企業とともに
-大手WEBメディアから独立した時の思いは。
高間 前職では、メディアプランナーとして、主に広告代理店からの発注で企画を立てていました。依頼の段階で全体像が決まっているので、制約条件にどうしても縛られてしまいます。予算的にもある程度大きな額でないと採算が合いません。中小企業からの「10万、20万で何かできませんか」との問い合わせに対応できないこともありました。企画そのものをゼロから考えるイノベーティブな仕事をしたかったことと、中小企業のニーズに小さな額でも応えていきたいと考え、2018年に起業しました。
―どのように顧客を開拓していったのですか。
高間 まず「パワーポイントで資料を作りますよ」とGoogle広告を出しました。すぐに、BtoBの会社から「新商品を出すので営業活動に使うセールスシートを作ってほしい」との問い合わせをいただきました。その後、1カ月で5件ほど新規の仕事を受け、資料作成で忙殺されるように。「売り上げはできるが、イノベーティブな仕事なのか」との疑問を感じ、戦略を変えました。
-新たな戦略とは?
高間 「企画作りの会議からお手伝いしますよ」と知り合いに声がけを始めました。「こういう資料を作ってくれ」の「こういう資料」の中身を考えるところから、外部プランナーとして請け負うことにしたのです。受注金額にはこだわらず、150%の出来栄えの企画、資料をまとめていくうちに「この仕事も頼む」「ほかの会社を紹介する」と広がり、創業1年で3社のプランナーを務めるようになりました。
-企画作りで心がけていることは?
高間 企画した事業を成長させるための横展開や規模拡大ができるかを重視しています。中小企業単独ではリソースが限られているため、外部との連携が欠かせないからです。たとえば、ペットのDNA検査の会社には「ペット保険の会社と連携しましょう」と提案し、実際にアライアンスを締結する段階まで支援しました。発症リスクを小さくするための生活習慣の提案や予防医療の提供、交配・出産の段階での遺伝子病リスク最小化といった事業につながっています。
声優志望者にヒアリング「お金はとれない」
-2020年に声優を育てる「VOICE CAMP(ボイスキャンプ)」を始めたのはなぜですか。
高間 働き方、人材の育て方が最適化されていなくて、私がアドバイスできる業界はどこだろうと調べたのがきっかけです。前職でエンタメ業界の知見を得ていたので、声優に目をつけました。
声優を目指している人は30万人以上とも言われています。ただ、人気声優は少なく、300人足らずで主な仕事を回しています。俳優ならテレビに出過ぎていると「またこの人か」となるのですが、声優は顔出しなし、声を自在に変えられるので、寡占状態になりやすいのです。
美容師になりたくて専門学校を卒業すれば、ほとんどの人が免許をとれますよね。でも、声優の場合、高い学費を払って専門学校に通っても、夢がかなうのは一握りです。声優志望の人たちがお金をかけずにチャンスを広げられるサービスを作りたい、と考えました。
―なぜ無料で利用できるようにしたのですか?
高間 始める前、専門学校生5人にヒアリングをしました。学費やオーディション登録料をアルバイト収入から捻出している姿を見て、お金を取りたくないとの思いを強くしました。
VOICE CAMPでは、掛け合い練習を1人でできるよう、セリフ入りの動画をYouTubeで無料配信しています。視聴数が増え、収益化すれば、声優志望者に負担してもらわなくても事業を続けられます。
VOICE CAMPの公式X(旧Twitter)にプロダクションから「オーディション情報を載せてほしい」との問い合わせも来るようになりました。プロダクションは、マネジメントやファンクラブの運営で課題を抱えていることが多いので、つながりができれば、業務改善の仕事を受託する可能性が出てきます。VOICE CAMPそのもので収益化できなくても、受託事業でもうけられればいいと考えています。
-ほかにも横展開の芽は出ていますか?
高間 プロダクションとのつながりを活かし、応援広告ビジネスへの参入を準備しています。韓国ではファンがお金を集めて、推しのアーティストの誕生日などに応援広告を出すことが流行しています。肖像権違反なんですが、所属プロも「宣伝になれば」ということで黙認し、地下鉄構内など公の場にも掲示されています。日本では黙認されないでしょうから、プロダクションと応援広告を出したいファンとの間に入って権利関係をクリアし、媒体社が安心して掲載できる応援広告作りを目指します。
自腹で届けた紙の社内報
-昨年11月から、社内報の制作にも乗り出しました。
高間 従業員数100人ぐらいの会社から「社内の風通しを良くする方法を考えてほしい」との依頼があったのがきっかけです。今まで手がけていなかったコミュニケーションツールとして社内報を提案しました。
依頼主は、デジタルで編集してPDFでメール配信すればいいという考えでした。でも、デジタルだと、能動的に見にいった人しか読みません。紙であれば受動的に目に入る機会があります。家に持って帰ってリビングに置けば、家族も手に取ってくれるでしょう。家族に仕事を分かってもらい、会社のファンになってもらうのも大事ですよね。「絶対に紙で作ったほうがいいですよ」とお話しして、社員の数だけ、自腹で印刷して納品しました。
-風通しはよくなりましたか?
高間 イベント案内欄に何を載せようか、だれにインタビューしようかといった、社内報作りを起点にして、部署をまたがったコミュニケーションが活発になりました。巻頭インタビューも載せていますが、取材を受ける中で自分の仕事の意味を再発見し、モチベーションを高める効果も出ています。4月からは新入社員数人に1ページ渡します。研修期間の3カ月で、何を掲載するかから取材、執筆、レイアウトまですべて自分たちで考えてもらいます。
ネット印刷を使えば、カラー8ページでも1万、2万円程度で済みます。社員にも家族にも喜ばれる紙の社内報が低コストでできることを目の当たりにした依頼主は「印刷代を出すから来月からは紙で」と言ってくれました。
-社内報は会社ごとに違うので、横展開は難しそうですね。
高間 実は違うんです。8ページあるので、会社以外の話題、箸休めの記事がないと単調になってしまいます。前半はちょっと固めの仕事の話、後半はイベント、レクリエーションなどの柔らかい話にして、その間に私がコラムを書いています。業界に関する話題のほか、グルメ、スポーツ、人気のドラマから生成AIまで、幅広いテーマを扱います。社内報はクローズドなので「このコラム、読んだことがある」となりませんから、他社にも活用できます。
依頼主の会社に主要株主として入っているベンチャーキャピタルの目にも留まり「他の会社でもやりたい」と声をかけられました。コンテンツ、受託先拡大の両面で横展開していきます。
-仕事が増えると、会社も大きくしていく必要がありますね。
高間 私1人で運営するマイクロ法人としているのは、コア業務に集中し、小口の注文にも応えられるようにするためです。人を雇うとどうしてもノンコア業務が発生します。全て外注のネットワークなら、プロジェクトごとに最適人材のチームを編成できます。
代理店から受ける大企業の仕事は今もありますが、直接請け負っている顧客はすべて中小企業です。大手が参入しづらいニッチな領域や盲点となっている分野に着目し、新しいサービスを作っています。
外部パートナーと手を組みながら企画を発意して、社内報のように継続的に使っていただけるサービスを開発していきたい。将来的には、マーケティング、広報、営業、DXなど多様なサービスを提供するプラットフォームを構築して、中小企業に気軽に使ってもらえるようになることを目指しています。
※ 取材内容は2024年4月時点のものです
[企業情報] 株式会社HATSUI |
(余禄)高間さんの事業がコロナ禍に見舞われたのは、外部プランナーとしての仕事を順調に伸ばし、VOICE CAMP事業の準備に追われているタイミングでした。企画段階から携わっていたインバウンド(訪日客)向けのWebサービスも中止に追い込まれます。「正直どうしたらいいのか分からない」中、中小企業との対話力を高めようと診断士資格に挑戦。一発合格し、22年に登録します。協会での活動を通じて蓄積した診断士の知見は、外部リソースと連携しながら、多様な事業でシナジー効果を生むというHATSUIの経営に活かされています。コロナ禍での回り道すらチャンスに変えてしまう高間さんの姿に、中小企業経営者も声優志望者も勇気づけられているはずです。(塚田健太)