#02 進栄物産株式会社 代表取締役社長 井上邦博さん

 進栄物産株式会社は、40年以上にわたり、日本全国の有名百貨店や大型商業施設等で、主にアパレル系の催事やイベントの企画・運営を行ってきた企業である。2010年には、催事企画会社として初めて「日本百貨店協会コラボレーション会員」に承認された。
 そのような老舗が、2019年8月、栃木県佐野市の名物である佐野ラーメンの店、「進ちゃん」をコピス吉祥寺にオープンした。アパレル系で実績を上げてきた当社がなぜ、ローカルフードである佐野ラーメンの店を運営することになったのか。佐野市出身の筆者が、代表取締役社長の井上さんにお話しをうかがった。

飲食店マネジメントへの深い造詣

-故郷のラーメンを吉祥寺で味わえるということで、よく利用させていただいております。アパレル中心で実績を重ねてきた御社が、なぜ飲食店に挑戦されることになったのですか?

井上 実は、飲食店経営は私の専門領域なのです。米軍基地でウェイターをしていたことをきっかけに、ホテルやレストランのマネジメントを勉強したいと思うようになり、米国の大学に留学し、現地のホテルで働いていました。その後、紆余曲折を経て、兄が創業した当社に入社し、現在に至りますが、いずれは飲食店を手掛けたいと常々思っておりました。
 そのような中、当社が入居しているコピス吉祥寺のオーナーの武蔵野市開発公社から、当ビル飲食店コーナーに居抜き物件が生じる予定との情報をいただきました。立地は良く、居抜きで初期コストも抑えられることから、これはチャンスと思い、挑戦することにしました。

-なぜ、ラーメン店を選ばれたのでしょうか?

井上 実は、最初はイタリアンをやりたいと思っていました(笑)。ところが、同じフロアに既にイタリアンがあり、バッティングしてしまう。そこで、改めて市場調査を行ったところ、吉祥寺は多くのラーメン専門店がひしめく激戦区ですが、数的に「こってり」系の店に偏っていることが分かりました。今後は、高齢化社会・女性活躍社会が一層進みます。そのような中で、「あっさり」系のラーメン店に勝機があるのではないかと思いました。

武蔵野と佐野をつなぐラーメン店

-確かに、佐野ラーメンはかなりあっさりで、健康的だと思います。井上さんは、以前から佐野ラーメンにお詳しかったのですか?

井上 私は生まれも育ちも吉祥寺でして、佐野ラーメンのことは全く知りませんでした。「あっさり」系で行くと決めた後、有名なご当地ラーメンをいくつかピックアップし、実際に車で食べて回りました。佐野市の道の駅を通りがかった際、ゆるキャラグランプリで優勝したこともある、佐野のブランドキャラクター「さのまる」が目に留まりました(筆者注:さのまるは、ラーメンどんぶりを頭にかぶり、袴をはいた白い犬のキャラクター)。佐野ラーメンは、あっさりでやさしい味であるうえに、エンターテイメント性も有している。これなら吉祥寺のファミリー層にもきっと受けるはずだと思い、佐野ラーメンで行くことに決めました。

オープニングイベントの様子(進ちゃんHPより)

-佐野ラーメンは、最近はカップラーメンとして販売されていたりするものの、都内で専門店を見かけることはほとんどありませんでした。

井上 そうなのですよね。調べてみると、佐野市は町おこしの一環として佐野ラーメンのPRに随分と力を注いできたことが分かりました。東京に専門店ができるということであれば、佐野市にもメリットを感じてもらえるはず。そこで、武蔵野市開発公社と相談し、店舗構想を練り上げたうえで、佐野市役所にプレゼン資料をもって乗り込みました。

-素晴らしい行動力ですね!

井上 昔から、これと決めたらすぐ動くタイプなのです(笑)。佐野市の担当課の反応は上々で、是非協力させて欲しいと言っていただけました。

-佐野市からは具体的にどのような協力を得られたのですか?

井上 色々とありますが、大きかったのは実際にラーメンを調理する店長を紹介してもらったことです。彼は、某有名ラーメン店の複数店舗で店長を経験した後、佐野市の老舗で開発マネージャーとして勤めていた人です。高い技術を持っているうえに、「東京で本格的な佐野ラーメンを食べて欲しい」という思いに共感してくれました。 
 また、さのまる人気をしっかりと活用させてもらっています。当店のオープニングイベントには実物が駆けつけてくれて、非常に盛況となりました。
 実は、開店記念パーティには武蔵野市の市長にも来ていただけたのです。武蔵野市開発公社の物件で佐野市と協同していくということで、特に大きな期待をしていただいていると感じました。

-御社のお取り組みが、武蔵野市と佐野市を橋渡ししたということですね!

地方の「良いもの」を届けるために

井上 当店では、「黒から揚げ」や「芋フライ」といった佐野のソウルフードも扱っています。ちなみに、「黒から揚げ」を扱うには、「佐野から揚げ協会」から認可を得る必要がありますが、これを得ているのは佐野市以外では当店のみです。お客様には、当店を通じて佐野オリジナルの味を存分に味わっていただきたいと考えています。

-御社は催事企画・卸売会社として、日本全国の事業者と連携されています。そういった事業特性も、地方の産品に対する感度の高さにつながっているように思います。

至福の一杯(筆者撮影)

井上 それはあると思います。以前、あるディベロッパーと組んで、上海で日本の産品の展示会を行ったことがあります。その準備の際は、中国人の方々に受ける商品を探すため、多くの自治体の産業振興課を訪問して回りました。魅力的な商品を集めたかいがあって、展示会の初日には75000人もの人が来てくれて、大盛況でした。
 なお、当社は現在、全国で400社以上の販売事業者に登録していただいております。すべて当社独自の審査を通過した安心の企業です。「一流」の事業者と付き合い、質の高い企画立案・商材販売に取り組んできたことで、高い信用を築き上げることができたという自負もあります。

-日本の課題として「地方創生」が叫ばれて久しいです。地方の「良いもの」をいかに都市部に届けるかという点において、必要なことは何でしょうか?

井上 ただ周囲の流れに乗ろうとするのではなく、自ら流れを作り出そうとするぐらいのチャレンジ精神が必要だと思っています。地方には「良いもの」がたくさんあります。しかし、土地が豊かであるがゆえの保守的なマインドが、うまくアピールできない要因になっているようにも感じています。
 佐野市と全く縁もゆかりもなかった私でも、関係者に積極的に働きかけ、連携することで、このような店を運営ことができています。私の場合、米国に留学していたことでアメリカナイズされ過ぎている部分もあるかもしれませんが(笑)。他の方にも是非続いて欲しいと思っています。

-このような積極的な取組が「地方創生」に向けた好循環を生み出していくのだと感じました。本日は貴重なお話をどうもありがとうございました!

(余録)ラーメン専門店というと、カウンター席が中心で高回転というイメージがあるが、同店は全席がテーブル席。通路も広めで、井上さん曰く、「うちはベビーカーも、盲導犬も入れます」とのこと。
 新型コロナウイルス感染症が拡大した折には、周囲のどの店よりも早く、検温器、パーテーション、消毒器等を整備したと語られる。話の隅々から、顧客や従業員に対する思いやりがにじむ。
 筆者にとっての故郷の味は、他の多くの人にとって新鮮な味であろう。その逆もまた然り。懐古と発見が交差する魅力的なまち、吉祥寺。そこでの同社の取組は、都市と地方をいかに結びつけ、Win – Winの関係を築くかという点において、非常に重要な示唆を与えてくれる。(早乙女 輝美)

[企業情報]
進栄物産株式会社
婦人服、服飾雑貨販売催事企画及び卸売業
http://www.shin-ei-bussan.co.jp/

進ちゃんラーメン
東京で唯一の佐野ラーメンと黒から揚げのお店https://www.shinchan-ramen.com/

東京都武蔵野市吉祥寺本町1-8-16コピス吉祥寺
A館B1F Tel:0422-27-5835