#37 株式会社グランドレベル 代表取締役社長 田中 元子さん

まち中を歩く際に必ず見える1階を、ただ通り過ぎ去られるものではなく、多くの人の目をひき、だれもが自由に集える場所へ。(株)グランドレベルは、「どんな人にも自由なくつろぎ」をコンセプトに、既存の建物をリノベーションした「喫茶店」+「ランドリー」+α のサービスを提供する「喫茶ランドリー」の運営をはじめ、多くのまちの1階を彩る活動をされています。田中さんは、喫茶ランドリーを「私設公民館」と称して、誰もが自由に使える場所として開放しています。1階を起点とするまちづくりについてお話を伺いました。(※ この記事は、地域の大学生がキャリア教育の一環として取材を行い、中小企業診断士の監修のもと執筆したものです。)

未来では当たり前になる仕事

― 田中さんはたくさんの人に建築の面白さを伝えたいというお考えから、建築関連の本の企画や執筆のお仕事をされていましたが、どのようなきっかけで1階をつくる側になられたのでしょうか。

田中 私はもともと人をもてなすことに快楽を覚えるタイプで、仕事をする傍ら事務所の一角にDIYで作ったバーカウンターに友人を招いてお酒をふるまったりしていました。それが高じて、友人知人だけでなくまちの人々にも何かふるまいたくなり、まちで通りがかりの人に無料でコーヒーを配る「パーソナル屋台」という独自の活動をしていました。コーヒーを受け取ってくださった方とのコミュニケーションや、そこにたまたま集まった人たちの間で自然と会話が生まれたりするのを見るのがとにかく楽しかったです。色んなまちに出かけて行ってまず目につくのは1階ですが、閉じた使われ方をしており味気ないなと感じていました。1階がもっとオープンで人々が自然と集まるような場所だったら、そこで暮らす人たちの人生の質が上がるのではないかと考えるようになりました。

企画から設計まで、1階の活用やまちづくり・環境づくりを包括的に手掛ける(株)グランドレベルを率いる田中さん

企画から設計まで、1階の活用やまちづくり・環境づくりを包括的に手掛ける(株)グランドレベルを率いる田中さん

― そのアイデアを実現するために会社を設立されたのですか?

田中 私たちがよく見ている1階の多くは、持ち主が大きい会社や自治体であることが多いですよね。そこに向かって、私が個人的に1階大事ですよねとか言っても話を聞いてもらえなかったので、相手にしてもらえるような形にしたいという考えで株式会社にしました。1階をまちに開かれた豊かなものにしていきたかったのです。会社設立当初は、具体的な業務内容を聞かれても、まだ実績もなく過去にも例が無いものなので、「未来では当たり前になる仕事です」と説明していました。

― 実績がないなか、どのように仕事を増やしていかれたのでしょうか。

田中 実はお仕事を頂くための営業はしたことがなくて、我ながらよくやっていけているなと思います(笑)。起業して一番最初のプロジェクトが「喫茶ランドリー」でした。地域のあまねく人が自由に過ごせる場所として注目され、そこからは同じような空間が欲しいという依頼を受けるようになっていきました。

喫茶ランドリー誕生

― まちの人々が集まる「私設公民館」、喫茶ランドリーはどのようにして誕生したのでしょうか。

田中 住宅街にある建物の1階で倉庫として使われていた場所の活用を依頼されたのがきっかけでした。当初は企画だけの予定だったのですが、事業者が見つからず、最後は自分でやってみようとなりました。喫茶ランドリーはランドリー兼喫茶店として営業しながら、店内のいろいろな空間で、自由に過ごしていただいています。レンタルスペースとしての利用でも、裁縫をするでも、その時々でまちの人々が「やりたい」を実現できる場所にしています。大手企業や自治体が運営する場では様々なルールに縛られることもありますが、ここでは皆がくつろいで本来の自分らしくいられる場所を目指しています。

― 活用の仕方は色々あるということですね。「自由なくつろぎ」がコンセプトですが、例えばどんな使い方をされていますか。

田中 ミシンのイベントを主婦が開催したり、バンドの発表会があったり、地元のお爺さんの誕生会、レッドカーペットを敷いて結婚式にも使われました。犬とおでんという謎のイベント、洗剤メーカーさんのイベント、Vtuberのプロモーションイベント、本当にいろいろです。仕事を依頼されるクライアントさんは、こういった想定外のことに使われていく喫茶ランドリーを見て「こういうのがほしい」と言ってくださいます。クライアントさんがこれまで言語化できなかった、つくりたいものがそこにあったということだと思います。

様々なイベントの様子と店内見取図(提供:(株)グランドレベル)

様々なイベントの様子と店内見取図(提供:(株)グランドレベル)

― 喫茶ランドリーが新たな仕事を生み出すきっかけになっているということですね。

田中 「喫茶ランドリーのような1階がほしい」と言っていただけることから、会社の広告塔として働いていると思います。喫茶ランドリーは大きな利益は生まなくて良いと考えています。利益を追及しない代わりに、このような環境下で人々はどのように過ごすのかを観察できる場所にして、それをまた次の設計デザイン案件に活かしていっています。現在3店舗を運営していますが、それぞれの場所で全く違った使われ方をしており、私たちに多くの発見をもたらしてくれます。

飲食店経営者から「絶対ここには出店しない」と言われたという住宅街の片隅で元気に営業中の喫茶ランドリー森下本店

飲食店経営者から「絶対ここには出店しない」と言われたという住宅街の片隅で元気に営業中の喫茶ランドリー森下本店

うれしい偶然が起きる場所

― 1階づくりを通じて、具体的にはどのようにまちに貢献しようとされているのでしょうか。

田中 私たちは、日常のなかでちょっと意外なことが起きたり、うれしい偶然が起きたりするような場所が提供できたらいいなと考えています。まちと人に彩りを与える1階が、どんな風に使われるのかを見て楽しんでいます。クライアントさんと一緒に1階をつくっていくにあたっては、いろいろな想定外も起こりますが、利用者が能動的に関わることができるような環境づくりを心掛けています。

― いろいろな想定外が起こるということですが、これまでに何か上手くいかなかったことや失敗はありましたか?

田中 失敗はほぼないです。想定外なことばかりですが、エラーやバグがあった方がおもしろいので前向きに受け止めています。1階づくりには失敗成功の概念がもともとないのかもしれません。

― 1階づくりというのは、柔軟性が求められる仕事なのですね。

田中 そうですね。最初から決まっている設計図通りに作って欲しい方や、効率が良いだけのものを求められるような方はうちには来ないです。「この空間をまちの人々はどう使ってくれるだろうか」とクライアントさんと一緒に考えて、柔軟に対応できるのが私たちの強みです。

― お仕事をされるうえで大切にされていることやこだわられていることはありますか?

田中 大手企業は儲けありきで、回収期間を気にして仕事をしますが、中小企業がそれを真似しても劣化コピーにしかなりません。利益ばかりを求めることで何か大事なものを失っているのではないかとも思います。
私たちは、利益よりもおもしろいことをやりたいと思っています。まちづくりは「短期間で効率よく、派手に何かを残したい」といった打ち上げ花火的なものではなく、そこで暮らす方々が使いこなせるようになるまで、長く地道に関わる必要があると考えています。

― 具体的にはどのように関わられているのでしょうか。

田中 毎日自然に目に入る1階の印象が良くなれば、そのまちに住んでいる方たちの生活はきっと明るくなります。1階の在り方は、長い目で見れば人生の質にも影響します。偶然そこに集まった人たちの間でコミュニティができたり、そのコミュニティに参加することに喜びを感じてもらえたりしたら嬉しいです。私たちの会社は、そんな1階の大切さを伝えるためのスピーカー役です。

建築会社や不動産会社など、多くの方の協力を得て1階づくりを行っている

建築会社や不動産会社など、多くの方の協力を得て1階づくりを行っている

これからもあらゆる1階に彩りを

― 今後はどのような1階をつくっていかれるのか教えてください。
 
 田中 日本の社会はいま、人口の減少、価値観の変化や治安の観点から考えて過渡期だと思います。将来のことは分かりませんが、現時点で何か明るいもの、楽しいと感じてもらえるものをつくることで、未来への橋渡しをしたいと考えています。1階が楽しい場所であれば、自然に人が集まり、結果的に安心安全なまちになるのではないでしょうか。そこで暮らす皆様がまちを楽しく使いこなして、「このまちを愛してます!」と言ってもらえるようになれば嬉しいです。その場所ならではの個性を活かしながら、オープンで豊かな1階を彩るお手伝いをしていきたいです。
 
※ 取材内容は2024年5月28日現在
 

[団体情報] (株)グランドレベル
〒130-0025東京都墨田区千歳2-6-9イマケンビル1階 喫茶ランドリー内
HP: https://glevel.jp/
受賞歴:2018年グッドデザイン賞グッドフォーカス賞[地域社会デザイン]、2018年グッドデザイン賞ベスト100、リノベーションオブ・ザ・イヤー2018 無差別級部門最優秀賞

(余録)
必ず目に付く建物の1階の印象を良くすることからのまちづくりという、新しいアプローチに触れられたことが一番の収穫でした。これからも、いかに美しく1階が変貌するのか、グランドレベルさんの取り組みを追っていきたいです。
(取材・執筆: 髙野 祐輝
監修:中小企業診断士 水越 嘉隆)

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