#34 マサラハット 代表 鈴木 ジョーさん
「いま自分が経営で悩んでいるのに、私が取材を受けていいのか迷いました」鈴木代表は、ためらいがちに語り始めました。
都内でインド・ネパール料理の人気店『マサラハット』を含む6店舗を経営し、東長崎南口商店街の会長も務める鈴木代表。その笑顔の奥には、地域の未来を思い描き、葛藤しながらも挑戦を続ける経営者の姿がありました。
5つ星ホテルのレシピを受け継ぐ
― どういった経緯で日本にインド・ネパール料理店をオープンすることになったのですか?
鈴木 まず、私の父の経歴についてお話しさせてください。父はインドを代表する高級ホテル「タージマハル」で25年間勤務していました。18歳の時に皿洗いの仕事からスタートし、最終的には総料理長のポジションに就きました。そのようなキャリアを積み重ねる中、日本にいた友人にスカウトされ、インド料理の老舗である「モティ赤坂店」で働くことになったのです。確か1991年のことですね。その後、父は自身のレシピや料理知識を活かし、インドカレー店の開業支援を行うようになりました。
私は2000年、ちょうど20歳の時に日本に来ました。日本の大学を卒業後、父のインド料理の経験とレシピを活かしたいと考え、2004年に父や母と共に原宿で1号店をオープンしたのです。東長崎店は、もともと2号店だったのですが、住まいと店舗を併設できる場所だったため、本店を東長崎に移しました。
現在は、マサラハット東長崎本店、原宿店、池袋店の他に、アジアンテイストの料理を提供する「アジアンスパイスキング」、スパイシーなイタリアンを提供する「スパイスカフェ シャラダ」、アジアの香辛料の専門店である「スパデウラリマート」の6つの店舗を運営しています。
― 私もこちらのカレーの大ファンです!どのようなこだわりがあるのか、お聞かせください。
鈴木 特に、スパイスにこだわっています。スパイスは、海外から直接仕入れて独自にブレンドしていますよ。カレーの種類ごとに最適なスパイスブレンドを使用しますね。チキンカレーと野菜カレーでは、ベースが違います。例えば、チキンカレーは、やわらかく煮込んだチキンに合うクリーミーでコクのある味わいに仕上げています。一方、野菜カレーは、9種類の野菜を使い、ヘルシーで野菜本来の自然の甘さが引き立つような味わいを目指していますね。
また、食材にもこだわっています。野菜は市場から卸した新鮮な野菜を毎日、届けてもらっています。ベジタリアンやハラル食にも対応していますよ。
― なるほど、素材を活かした味わいなのですね。しかも、口当たりがとても柔らかいです。
鈴木 やはり料理人の技量ですね。現在、父は高齢のためお店には出ていませんが、彼の弟子たちが18~20年にわたって技術を引き継いで、味を守っています。調理場には主にインドやネパール出身の料理人がいて、6店舗で20名が働いています。また、インド料理を日本人の口に合うようにある程度アレンジしていますよ。例えば辛さはマイルドにし、あまりしつこくない味付けにしていますね。
環境変化に挑む「再構築」
―今の事業の状況をお聞かせいただけますか。
鈴木 現在は創業から20年での中で最も厳しい状況ですね。大きな原因としては、コロナ禍によって在宅勤務が普及し、お客様が出社しなくなったことが挙げられます。そのため、昼も夜も来店されるお客様が減少しています。
また、物価の高騰も影響していますね。当社は、スパイスや肉など食材の約9割を海外の輸入に依存しています。円安に伴う輸入品価格の上昇の影響が大きいですね。さらに、電気代やガス代など光熱費の値上がりが追い打ちをかけています。
しかし、お客様のことを考えると、簡単に価格を上げるわけにはいきません。売上が減少している中で、コストも上昇しており、利益を出すのが難しい状況です。近隣の飲食店も相当苦労されていると思います。
― コロナ禍や物価高騰の影響がここまで深刻だとは思いませんでした。この状況を乗り越えるために考えていることはございますか。
鈴木 テレワークの普及による巣ごもり需要の増加や健康志向の高まりなど、時代の変化を捉えるような対応策を模索しています。
ひとつは、バーチャルレストランですね。バーチャルレストランとは、実店舗とは違う業態の店舗をデリバリー専門店として開業するものです。例えば、居酒屋として営業中の店舗が、デリバリー専門の唐揚げ屋を開業するイメージです。いつもの厨房を使い、実店舗の定休日や営業時間外に営業できるため、効率的な経営が可能です。出前との違いは、マサラハットが提供する商品とは違う商品のデリバリーを行う点にあります。また、バーチャルレストランで提供する商品は実店舗で提供しません。既存の店舗運営の延長として開業でき、新たに人員を確保する必要がない点もメリットです。
もうひとつは、オーガニック野菜やオリーブオイルを使った健康志向の商品を開発できないかと考えています。現在、北海道の農家を訪問し、野菜の仕入れ交渉を行いながら商品化の可能性を検討しているところです。
―ドレッシングの販売も始められましたね。私もいただきましたが、とても新鮮な味わいです。
鈴木 マサラハットのオリジナルのドレッシングなんですよ。玉ねぎと人参をベースにスパイスを加えて作っています。少し砂糖を加えていますが、9割は野菜の持つ自然の甘さなのです。スパイスがアクセントとして深みを与えた、バランスの取れた味わいになっていると思います。お店でも販売していて、食事のついでに購入するお客様が増えていますよ。
商店街会長として、街への想い
― 東長崎南口の商店街である共栄会の会長も務められていますね。
鈴木 はい、会長を務めて今年で6年目になります。副会長を含めると18年ですね。東長崎店を開業したとき、前会長が商店街からのお祝いだとおっしゃって、お花をもって来てくださったのです。私も商店街を活性化するために、何か貢献したいと思い、副会長をお受けしたのがきっかけです。
― この街に対する想いをぜひお聞きしたいです。
鈴木 「街の方々がお店に足を運び、私たちを支えてくれたからこそ今がある」と実感しています。
私の祖国ネパールは、裕福な国ではありません。田舎には学校に行けない子どもたちも多くいます。2015年にネパールでも大震災がありました。田舎の学校は屋根が崩れてしまい、子どもたちは、勉強ができない厳しい状況に陥っていました。政府も支援にたどり着けず、救援が届かないままだったのです。そんな中、草の上に座り、空を見上げながら勉強している子どもたちの動画を目にしました。
私がその状況に悩んでいたとき、常連のお客様である写真家の方が「助けたいなら、一緒にやろう!」と言ってくれました。それがきっかけで、チャリティイベントを開催し、写真を販売して資金を集めることにしました。さらに、私自身の出資も加え、ついに学校を建てることができたのです。今では、200人の生徒がそこで勉強していますよ。
笑顔を育む子ども食堂
―困っている方々を助けたいというお気持ちに心を打たれました。地域でも支援活動をされているのですか?
鈴木 特に注力している活動として、子ども食堂の運営ですね。子ども食堂とは、子どもが一人でも安心して来られる場所で、無料または安価で食事を提供する取り組みです。東長崎地区でも、コロナ禍で仕事を失った方や、収入が不安定なシングルマザーなど生活に困っているご家庭が想像以上に多いのです。学校も近くにあり、一部の子どもたちが1食も食べられないという現状を目の当たりにした時は、心が痛み、「自分たちがなんとか助けなければならない」と強く感じました。同じ飲食業を営んでいる方々にも声をかけ、現在は6店舗から協力をいただき、マサラハットでも月に1回、約50食の食事を提供しています。私は「困っている人を助けること」に生きがいを感じるのです。その気持ちを、これからも持ち続けていきたいと思っています。
― 子どもたちの笑顔を思い描くと、とても温かい気持ちになります。将来に向けて、どのようなビジョンをお持ちですか?
鈴木 まず経営者としては、店舗を10店、20店と事業を拡大させたいですね。現在は厳しい状況に直面していますが、お客様から「今日も来てよかった、美味しかった」と喜んでいただけるように、コツコツと努力を続けていけば、必ず道は開けると信じています。
また、商店街の会長としては、地域の皆さんと力を合わせて、東長崎の商店街に昔のような賑わいを取り戻したいですね。
これからも、経営者・商店街会長として地域の皆様に「笑顔と幸せ」をお届けできるように努めていきます。
※ 取材内容は2024年9月現在
[企業情報] インド・ネパール料理 マサラハット 東長崎本店 |
(余録)今回の取材を通じて、鈴木代表が経営者・商店街会長としての重責を担いながらも、誠実に向き合っている姿勢が強く伝わってきました。目先の利益にとらわれることなく、長期的な視点で地域全体の発展を見据えている点にも感銘を受けました。
地域とのつながりや人々の幸せを大切にする姿勢は、今後の経営に明るい未来を予感させるものでした。(鈴木 健一郎)