#25 ケアプロ株式会社 代表取締役社長 看護師 川添高志さん
自ら採血する仕組みで医療界の常識を覆した「ワンコイン健診」。1項目500円、日常の生活動線に出向き「ついで時間」に検査を行うそのサービスは、自営業やフリーターなどの健診弱者を救い、現在の「セルフ健康チェック」に至ります。ケアプロはこのサービスで世に知られ、社長で看護師の川添高志さんも社会起業家として脚光を浴びました。受診者は47都道府県で延べ52万人に及びます。
しかも、同社のサービスはこの予防医療事業に留まりません。会社設立から16年。「革新的なヘルスケアサービスをプロデュースする」という社名の由来を具現化し、3つの事業と100人を超える従業員を抱えるまでに成長した同社の経営に着目しました。
逆算が得意?
- 2007年12月の創業以来、社会起業家として取材されることが多かったとお見受けします。高校生の頃から看護と経営を志し、大学では看護医療学部に進学。そして今ではその分野で独創的な会社を15年以上も続けられています。きっと逆算が得意な人だろうと想像していました。「経営」はいかにして磨かれてきたのでしょうか。
川添 実は、中小企業診断士の一次試験に大学2年で合格しているんです。問題をどう解決していくかを体系的に学ぶ手段として役に立ちました。そして学生でも机の上だけでなく経営者の横で仕事ができるよう、インターンシップを活用したり、医師でコンサルタントもされる方を見つけて押しかけたり。看護も経営も、国内外の現場で吸収しました。
- 起業を目指した大学入学から20年が過ぎ、会社や川添社長ご自身の現在地は?
川添 会社はまだ小さいながらも、「ケアをプロデュースする」という理念が浸透しました。いつか自分が死んでも事業が回るくらいにマネージャーらは育っています。予防医療事業で得た資金を次に投資できました。同事業部では事業計画から採用、給与に至るまで裁量を持たせています。結果、私は大掛かりな案件の獲得やM&Aに注力できています。
ケアの働き方もプロデュース
― そうして生まれた在宅医療事業でも、固定観念を覆す事業モデルを確立されました。
川添 訪問看護ステーションは、一般的に1人の管理職が4人ほどを束ねる小規模な事業所を各地に作っていました。そして、患者の家でのケアはベテラン看護師でないと、との思い込みも。それでは負担が大きく人も育たないと疑問を持っていたのです。
だからケアプロでは1事業所に30人の、新卒採用も行うステーションを事業化しました(写真)。新卒社員はたくさんの先輩から学べる。経験を積み子育てが始まっても、離職せず間接業務で働ける。管理者を複数にすることで夜勤ローテーションに余裕が生まれ、従業員のウェルビーイングにも良い。そして、マネジメントの範囲を決めて、階層を分けることで手離れして、規模拡大も可能になります。
― すごく理に適っている話です。他社も真似たくなると思うのですが、耳目にしたことがありません。
川添 既存のプレーヤーは、これまで事業所数を増やすことがKPIになっていたと思います。でも、ひとりあたりの売上や訪問件数を向上し、間接費を抑えようと、追従してくる企業も現れるでしょう。
― 私がケアプロさんを知ったのは、旧「サッカーナース事業」でした。名称からしてインパクトがあり、実際にJリーグクラブとの協業で高齢者のサッカー観戦支援もされています。その事業が「オールスポーツナース(ASN)事業」とサッカー以外にも広がったのですね。
川添 スポーツの現場、特に草の根になるほど傷の手当ては父兄やボランティアが担ってきました。近年は夏場になると熱中症のリスクも増しています。派遣の看護師がいたとしても、救急時の対応やスポーツ自体に詳しくないケースが多いです。サッカー以外にも部活の夏合宿、障がい者スポーツ、子どものダンスレッスンに至るまで、需要がありました。
ケアプロでは救護の計画書を策定できる全国各地のナースと業務委託契約を結び、今は50人強が主に副業として稼動しています。近いところでは東京23区からJリーグ入りを目指すJFLのクリアソン新宿や、若年層にも人気がある1分1ラウンドの総合格闘技大会「ブレイキングダウン」もサポートしています(写真)。
根幹に「ラブリー・リレーションシップ」
― お聞きしていると、組織づくりが上手なんだろうと伝わってきます。その要因を知りたいです。
川添 一言で言えば「愛(LOVE)」。私は「ラブリー・リレーションシップ・マネジメント」と名付けて、経営の根幹に置いています。互いがリスペクトし、支えあい、良い愛着を形成すること。信頼関係の構築は、経営コストを下げますから。
毎月、社内報を発行しています。そのタイトルは「愛写真」。在宅医療事業を作るときに、予防医療事業と分断なく互いを知るために、社員の発案で生まれました。各部門がスタッフや患者様の声を拾い、みんなで作ります。また、半期分はファイルにして従業員の家族にも読んでもらっているんですよ。
- まさに、「ラブリー」なリレーションシップづくりですね!ケアをプロデュースする姿勢が、従業員に対してもにじみ出ています。互いを尊重し、良い愛着を生むために、他に実践することはありますか。
川添 四半期に一度、全員参加のクオーター経営会議をリアル・オンラインのハイブリッドで行っています。社長や部長が話すだけで終わらせず、他者の話を聞いてどう思ったかのフォローアップや、フィードバックを行う場です。新入社員が経営陣もいる大人数の会議に初参加すると、仰々しい空気の中「よろしくお願いします」の挨拶だけになりがちですが、ケアプロの新人はウェルカムムードの中で入社3ヶ月ながらプレゼンテーションをしています。
また、ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)への貢献を表彰する制度では、良い仕事につながった背景やその時の思考などを、選ばれた本人にプレゼンしてもらうんです。その前段で、私から30分ほどのインタビューを行い、発表に繋げてもらいます。
- アクション以上にリアクション、そして振り返りと伝播で、社内に「愛」が循環していく様子が浮かびそうです。育成や組織化の意識は、いつから芽生えたのでしょう。
川添 人を雇い始めた時から、一緒に働いて喜んでもらおうと意識してきました。一方で、「私」「仲間」「社会」のバランスも大事です。自分の好きなことをやるのはいいけれど、仲間や社会を置き去りにやりすぎないこと。例えばNPO活動でも社会だけに意識が偏るといつか誰かが疲弊します。仲間である従業員の要望を時に叶えられないこともあり、いい人でいられない葛藤もあります。
経営判断にも、よりよく生きる想い
- 今は順風満帆に見えるものの、うまくいかないこと、方針転換したこともあろうかと思います。
川添 外出の困りごとを地域のサポーターが助ける交通医療プラットフォームの「ドコケア」立ち上げが、まさにそうでした。最初はスマホで行き先を指定しダイレクトにマッチング!…と思ったけれど、利用者には使い勝手が悪くて。そこで、電話でコールセンターにつないで移動に必要な人をアサインするアナログ手法に変えました。そこから事業が回り出しています。
- デジタル化が必ずしも事業化と結びつくわけではなかったということですね。それにしても、開発や初期投資までしたものを見切るのは簡単ではないはずです。そして沿革からは、新設と廃止、他社との提携・支援、そして事業の承継や譲渡と、様々な経営判断を迅速に行ってきたと読み取れます。川添社長の「決める勇気」は、何に裏付けされると考えますか。
川添 その事業、会社にとっていいことは何か。目標の達成に一番近いのはどのルートか。判断軸はそこです。そして、どのような経営判断があっても、職員が安心してこれまで通りに働けること。例えば在宅医療部門では株式会社エイチ・ユウ・ジーの事業承継後、ケアプロと同社の在宅医療介護部門の吸収分割を行い、在宅医療部門を分社化した上で株式会社CHCPナーシングケアへ株式譲渡をしています。個別面談や手紙、動画メッセージ、アンケートに対するリアクションといった形で中長期の方向性を示しつつ、処遇や業務内容に変わりがないことを伝えてきました。
- 何かを変える、着手するときの考え方もまた、看護と経営が結びついているように感じます。エイチ・ユウ・ジーを吸収した時は、同社の従業員からすると未知の企業文化や経営者に組み込まれたわけですね。中小企業のM&Aが活発になる中で、第三者承継後の統合プロセス=PMIこそが重要ですが、その認識がなくつまずく企業も多いと聞きます。大事と言われる最初の100日に、何をされましたか。
川添 まず、こちらがしたいことより相手のニーズに応えることです。聞き取りをすると、従業員のロッカーがなく、駐輪場が不便な場所にありました。小さなことでも環境改善から始めることで傾聴の姿勢が伝わり、不安や心の壁を取り除いていけたと思います。
- 最後に、経営における川添社長の「逆算」「引き算」とは?
川添 (少し考えて)「ビジョン」-「現状」=「課題」。
ビジョンがないと、引き算ができません。現状を把握できていないと、課題を見誤ります。
その「現状」は、日々変化します。だから、「課題」も毎日同じとは限りません。簡単な日報でも私も含めたみんなが繰り返し記録することで、課題の変わり目が見えてきます。ただし、ビジョンがない状態で変化だけ追うと、状況に振り回されていることにも気付けないでしょう。
看護は、病気や障害がある人もよりよく生きることを目指し、できることを増やす積み重ねです。組織や人が育つには、ビジョンをぶれなく共有することに尽きますね。
※ 取材内容は2023年10月現在
[企業情報] ケアプロ株式会社 〒164-0011 東京都中野区中央3-13-10 JOY HAYASHI 3階 |
(余録)
取材を終え、オフィスを出る直前に、扉で隠れていた2枚の写真に気づきました。著名なカメラマンが撮影し、大判パネルにしたものです。1枚は、穏やかな雰囲気の自宅でベッドに横たわる高齢者と、静かに寄り添うケアプロの看護師の姿。もう1枚は、その二人と思われる、ゆるく握り合った手と手。
「お亡くなりになった瞬間です」と川添社長が語りかけ、その手から目が離れませんでした。横たわる姿はかなり弱々しいものの、手と手から私の手にも生きたぬくもりが触覚を通じて伝わるようで。まだそこに生があるかのような一枚は、カメラマンの腕だけでなく、その人の最期だとしても撮影が許されるケアプロと利用者・家族との信頼関係が生んだ賜物です。
これこそ、「愛写真」。
(倉内佳郎)