#22 合同会社インクルーシブ 代表 小原 祐 さん

 合同会社インクルーシブは、精神障がいがある方の雇用を、採用から職場定着までワンストップで支援するというビジネスモデルを事業の柱の一つとして展開しています。
 現在、障がい者雇用については、民間企業の場合では従業員43.5人以上の事業所につき1人以上と、2.3%の法定雇用率が定められ、2024年4月に2.5%、2026年7月に2.7%と段階的に引き上げられる予定です。
 障がいがある方が、希望や能力に応じて、誰もが就労を通じて社会参加することは、多様性のある職場づくりに繋がります。小原代表に、障がい者雇用の課題に対して、どのように考え、取り組まれているのか、お話を伺いました。

「もっと働ける機会を」という思いが起業の原動力

-はじめに、東京商工会議所豊島支部が開催する「としまイノベーションプランコンテスト2022」での「ニュービジネスプラン部門グランプリ」の受賞おめでとうございます。

小原 ありがとうございます。

代表 小原 祐 氏

-御社では、受賞プランである、民間企業の障がい者雇用について、採用から職場定着までをワンストップで支援するサービスを展開されています。このビジネスプランをもとに起業に至った経緯をお聞かせいただけますか。

小原 私は、当社の起業前に、埼玉県内の就労移行支援事業所で、特に精神障がいがある方の支援者として就労支援を行っていました。
 少し補足して説明すると、障がいがある方は、一人ひとり障がいに至った経緯や障がいの程度などは異なるものの、その障がいの状態により大きく「身体障がい」、「知的障がい」、それと私が就労支援をしていた「精神障がい」の3つに分類されます。
 支援者となる前は、精神障がいがある方は、働くのが難しい方が多いのかなという思い込みがありました。しかし、支援者として就労支援に関わる中で、実際はそのようなことがないことを知りました。もちろん、一人ひとり、個々の能力の差はあるものの、総じて仕事の能力は高く、また話をしていて尊敬できる方も多かったのです。何より、いい意味で、気を使わなくてもいい、言い方は悪いかもしれないけれど、障がいがない方となんら変わらない人が多かった。
 前職において支援者を続ける中で、「この人たちに社会の一員として仕事をしてもらえる機会を作れたら…」という思いが大きくなりました。そして、民間企業向けに広げることで、就労の機会創出に繋がるのではないかという思いから、精神障がいがある方の就労支援に特化した形で起業するに至りました。

「精神障がい」があるがゆえの難しさ

-厚生労働省が取りまとめた「令和4年 障害者雇用状況の集計結果」によれば、民間企業における障がいがある方の雇用者数は、2022年度で61.4万人と、2002年度以降、大きく増加しているように見えます。一方で、法定雇用率の達成割合は50%以下となっています。御社がビジネスを展開していく中で、どのような課題があるとお考えでしょうか。

小原 課題の一つとして、就労の定着が難しいということが挙げられると考えています。
 障がいがある方の就労の機会は多くはない上、「身体障がい」、「知的障がい」と比べて、精神障がいがある方の就労の機会はより少ないというのが現状です。

-精神障がいがある方の就労の機会が、他の障がいがある方と比べて少ない理由はどこにあると考えられていますか。

小原 精神障がいがある方が、安定して就労するためには、「障がいの受容ができている状態」、言い換えると、自身の障がいの状態を正しく認識して、それに対して対応ができることが必須であるといわれています。

 一方で、専門家ではない採用する企業にとって、求職者が、その状態にあることを、30分から1時間程度の面接やヒアリングで判断することは、非常にハードルが高いと考えられます。
 ここにミスマッチが発生し、就労が定着せず、早期離職となってしまうと考えています。早期離職は、採用する企業、求職者の双方にとって望ましいものではありません。

公平な視点からの助言で採用・定着へ

-御社では、就労の定着に向けてどのようなサポートをされているのでしょうか。

小原 採用する企業に対して、採用から職場定着までをワンストップでサービス提供することで対応できると考えています。
 先ほどお話した障がいの受容状況は、実は、支援者として活動している当時の私も含め、支援者には見えていることが多いのですが、求職者が面接で不利にならないよう採用する企業には直接お伝えしづらいのが現状です。
 そこで、早期離職は双方にとってデメリットとなることを念頭に、採用面接に立ち会わせていただき、公平な視点で助言を差し上げるようにしています。

-いずれの立場から考えても、第三者としてお互いの不安や情報を共有してもらえるのは心強いと思います。

小原 採用後も、定着に向けて採用する企業には、その時々のタイミングで、採用された方に対する接し方などをアドバイスすることができます。
 就労の定着については、職場でのちょっとした配慮をするだけで大きく変わってくる部分も大きいからです。

-定着にはどのような配慮が必要なのですか。

小原 例えば、「これ早く処理しておいて」とか「○○はどうなっているのかを教えて」というような会話をフランクに伝えたつもりでも、精神障がいがある方は、その言葉をまともに言葉のまま受け止め、「咎められた」、「怒られた」と捉えがちなので、少し言い方を柔らかくすることや、ミスを図解して説明することなどで、回避できる場合も多いのです。

合同会社インクルーシブでは、「採用がうまくいかない」、「対応する時間がない」、「採用ノウハウの課題」など、採用活動の様々な場面を通じてワンストップでサービスを提供している。
合同会社インクルーシブ HPより

-なるほど。一方で、就労された方に対するサポートはどのようなものですか。

小原 精神障がいがある方に限らず、通常、障がいがある方に対しては、福祉機関などが支援者としてネットワークを形成して支援することが多いのですが、相談できる支援者が一人のケースと、複数人のケースを比較した場合、後者の方が、安定して長く働けると考えられています。
 当社では、精神障がいがある方に対して、人材発掘の機会などを通じて、相談できる支援者が一人増えることになるよう、その方の支援者も含め、信頼関係を築くようにしています。
 採用する企業を含めた支援者のネットワークにおけるバランサーとしての役割を担えると考えています。

スキルと就労の機会とのミスマッチ

-課題の一つとお話がありましたが、その他の課題とはどんなものですか。

小原 就労の機会が少ないことにも起因しますが、スキルと就労の機会とのミスマッチをもう一つの課題として捉えています。
 支援者として活動している中で、精神障がいがある方のスキルや能力と比較して、就労の機会で求められる仕事のレベルが低い、もしくは生産性を求められないなど、スキルと就労の機会がミスマッチとなったケースを経験し、思い悩むこともありました。
 就労される方の障がいの状態によっては、その就労の機会はとても有用な面があることも事実です。一方で、スキルと就労の機会にミスマッチが発生すると、働くことで得られる喜びや働くことの意味を感じられないものとなってしまいます。

-就労の機会を増加させることだけでは解決しない課題のように感じます。

小原 支援者として、就労される方の障がいの状態を把握している中で、そのミスマッチを防げないものかとも悩み、採用の場面から携わっていくことができれば、ミスマッチが発生しないようにすることができるのではないかと考えたことも、起業するに至った理由の一つです。
 幸福論ではないですが、現在は価値観が変化し、お金では計れない部分にフォーカスされてきていると思います。
 障がいがある方にも働くことの喜びを感じてもらい、その結果として、一人でも多くの方が喜んでもらえるという社会にするために、事業を進めていきたいと考えています。

目指す場所は説明を続ける先に

-御社の今後の展望についてお聞かせください。

小原 弊社ホームページの代表あいさつとして申し上げている「障害者雇用がより当たり前になる日本を目指しています」は、大きな目標ですが、お話した課題を現実的に捉えて、活動していくことが大事だと感じています。
 一つは、精神障がいがある方の就労の機会を一枠でも多く創出するため、採用を検討中の企業への説明を継続することです。「世の中にはこんなに素敵な方があふれている」ということを継続して伝えていきたいと考えています。
 もう一つは、人材発掘の観点から、福祉関連の事業所との交流を密にして、信頼関係を構築できるようにしたいと考えています。幸いにも、事業所で支援されている方からは、事業について応援をいただいています。
 まだ、いずれも豊島区を中心とした活動ですが、継続することによって、「精神障がいがある方が社会の一員としての働くことが当たり前の社会」を実現したいと考えています。

※取材内容は、2023年8月現在

【企業情報】 合同会社インクルーシブ

〒166-0004 東京都豊島区東池袋5-7-3

提供サービス 障害者雇用のワンストップ支援事業、婚活・お見合い支援事業、生命保険代理店事業

https://llc-inclusive.com/

(余録)今回、お話を伺う中で、小原代表がお話しされた「世の中には、こんなに素敵な方があふれている」という言葉がとても印象的でした。
 障がい者雇用を含むダイバーシティやインクルージョンという社会的課題は、経営的視点に立つと、競争力や成長と結び付けられがちですが、誰もが特性に応じて働きやすい環境を作っていく過程で形成される意識の変化こそが、その果実なのかもしれないと感じました。(永山 陽一)

PDF版はこちら