ハラールとベジタリアン

国際部 山本 倫寛


 2016年の訪日外国人数が2,400万人を突破した模様。政府も東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年の目標数を4,000万人に設定しており、今後も多種多様な外国人の訪日が見込まれます。<br>
 このような状況下、訪日外国人対応は飲食、宿泊、サービス業において喫緊の課題であり、また大きなチャンスとも言えます。特に飲食業においては、宗教上あるいは慣習や個人の主義・思想による特殊な食事を望む外国人の訪日も考えられます。例えばイスラム教徒やベジタリアンの方々です。今回はこの両者に焦点を絞って書き綴ってみます。<br>
 まずは「ハラール」ですが、そもそも「ハラール」って何?という方もおられると思います。「ハラール」とは、イスラム教徒に対し宗教的な安全性を保証するという概念です。<br>
アラビア語で「許されたもの」、イスラム法で合法なもの」を指します。<br>
イスラム教徒は豚を食べてはいけない、アルコールを飲むことは禁じられているとよく言われます。実は、食物や飲料で禁じられているものは、他にもたくさんあります。ハラールと反対の概念を「ハラーム」(禁忌)と言います。食物では、豚以外にも獲物を捕らえるための爪や牙がある犬や虎もハラームです。又、ワニやカエルなど水陸両方で生きられる生物もハラームです。野菜は本来ならばハラールですが、もし肥料に豚の糞が含まれているとハラームとなります。アルコールについてはいわゆる酒以外にも一般的な日本製の「醤油」や「みりん」はハラームです。なぜならばアルコールを含有しているからです。<br>
更に食品や飲料以外でも例えば豚由来の成分やアルコールが生産に関与している化粧品もハラームとなります。<br>
 このようにイスラム教徒は生活において種々制限を受けています。その際に安全性を保証するものとして「ハラール認証」というものがあります。この認証を受けたものはイスラム教徒にとって安心して食べる、飲む、使用することができるわけです。ハラール産業は飲食業も含まれます。飲食業におけるハラール認証は、ハラール認証を受けた食べ物を提供するだけではなく、厨房や食器なども含め店全体としてのハラール認証を受ける必要があります。<br>
 ところでイスラム教徒の人口は全世界で約16億、あるいはひょっとすると20億人を超えているかも知れないと言われています。国別の人口分布は次のようになっています。インドネシア:209百万人<br>
インド:176百万人<br>
パキスタン:167百万人<br>
上位3か国はいずれもアジアです。また、訪日人口が急激に増えているマレーシアは10位で1,658万人、意外なところとして中国は9位で2,167万人です。これらの国の中でも中間所得層が急激に伸びており、そして来日観光者数が急増しているインドネシア及びマレーシアのイスラム教徒の観光客の来店を促すことは、飲食店として非常に重要となってきます。<br>
 これらイスラム教徒の観光客が来日した際、何を食べたいと思うでしょうか。ご自身が海外旅行をした時を思い出してみてください。例えば、イタリアに行った時には本場のイタリア料理を食べたいと思ったのではないでしょうか。タイに旅行した時は本物のタイ料理はどんなものかトライしてみようという気持ちになったのではないでしょうか。そうです、旅行先の本場ものを食べたいというのが、旅行者の気持ちなのです。来日するイスラム教徒も同様でしょう。しかしながら、ここでイスラム教徒にとっては高いハードルがあります。そうです。彼らはハラール食材しか食してはいけないのです。しかもその店自体がハラールでなければいけないのです。つまり、ハラール食材をのせる皿が過去に豚肉などをのせていた場合、イスラム教徒にとってはハラームとなってしまいます。まな板や包丁などについても同様です。厳しいですね。・・・と言ってあきらめてはイスラム教徒の来店を促す大いなるチャンスを逃してしまいます。<br>
 そこでハラール対応について述べます。まずベストなのは「ハラール認証」を取得することです。ハラール認証を取得するためには認証機関が発行しているハラール証明書を取得することが必要です。これらの機関は一種のライセンスビジネスとして展開しているというのが実態です。有名なところでは、「マレーシアイスラム開発局(JAKIM)」がハラール認証を実施しています。これは世界で唯一のハラール認証に関わる政府直轄の機関で信頼性が非常に高いと言えます。またマレーシア首相府直轄の「ハラール産業振興公社(HDC)」が国内外のハラール産業振興政策を主導しており、日本にも代表的なものとして下記認証団体があります。<br>
・宗教法人日本ムスリム協会<渋谷区><br>
・宗教法人イスラミック・センター・ジャパン(IJC)<世田谷区><br>
・宗教法人日本イスラーム文化センター<豊島区><br>
・NPO法人日本ハラール協会<大阪府><br>
特に「マレーシアイスラム開発局(JAKIM)」は上記のうち、宗教法人日本ムスリム協会とNPO法人日本ハラール協会を日本における認定機関として指定しています。日本における認証団体は30~40もあるらしいとも言われており、「いい加減認証」のリスクがあることは認識しておく必要があります。信頼性のある認証を取得するには、店内全てにおいてアルコールがないこと、食材のみならず調理器具・食器・調理法についてもハラール対応のものを使用すること、ムスリムの従業員を雇用すること等、非常にハードルが高く、またお金もかかります。<br>
 このような観点からすると食材、調理器具、食器、調理法などについて基準を満たすムスリムフレンドリーな対応を目指すのが現実的かも知れません。例えば店内のある一角をパーティションで仕切りアルコール(酒類)禁止の席を設置するとか、食材はハラール認証のあるものを使用し、調理器具・食器も使い分ける等が考えられます。ご参考までに日本で入手できるハラール食材を下記いたします。<br>
・ゼンカイミート(熊本):ハーブ牛肉<br>
・グローバルフィールド(青森):鶏肉<br>
・ひかり味噌(長野):味噌<br>
・原田醤油店(佐賀):醤油<br>
・渡辺スパイス工業(埼玉):カレー粉等<br>
また、日本アセラル商事が日本初のNPNA(ノンポーク・ノンアルコール)専門サイト・ハラルストアを開設しています。<br>
「ムスリムフレンドリー御膳」などを提供するのも一つの手ではないでしょうか。<br>
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 次に動物性食品を排する主義・思想である「ベジタリアニズム」についてのお話しです。<br>
皆さんも「ベジタリアン」という言葉はよく耳にされるのではないでしょうか。一般的に「菜食主義者」と呼ばれている人々のことです。「ハラール」はイスラム教という宗教にまつわるものでしたが、「菜食主義」は宗教のみならず、道徳、健康、美容、環境問題や動物福祉などの観点から発生した主義・思想です。<br>
 ベジタリアンは「野菜だけを食べる人」というイメージがありますが、実は驚くほどの色々な種類のベジタリアンが存在します。下記に列挙いたします。<br>
①ビーガン(純粋菜食者、完全菜食主義者):獣肉・魚肉はもちろん乳製品、蜂蜜、卵等も含む動物性食品を一切取らず、革製品等動物製品の利用も避ける人々。<br>
②ダイエタリー・ビーガン:ビーガンと同様に植物性食品の食事をするが、動物製品の利用を必ずしも避けようとしない人々。<br>
③ラクト・ベジタリアン(乳菜食者):牛乳やバター、アイスクリーム等の乳製品も食べる人々。<br>
④オボ・ベジタリアン(卵菜食者):鳥、魚や甲殻類等種類を問わず卵も食べる人々。<br>
⑤ラクト・オボ・ベジタリアン(乳卵菜食者):乳製品と卵も食べる人々。<br>
⑥オリエンタル・ベジタリアン(仏教系菜食主義者):菜食主義ではあるが、五葷(「ごくん」と読み、にんにく、ニラ、ラッキョウ、ねぎあるは玉葱や生姜)を摂らない人々。これらの植物は収穫することで植物自体を殺してしまうという考えに基づいている。例えばリンゴは収穫しても本体の木自体は生きています。これと同じようなものとしてフルータリアン(果物常食者)という人々もいます。<br>
ところで各国の国民人口のベジタリアンが占める割合ですが、インドが一番多く31%、アジアでは台湾が10%と多く、ヨーロッパではイギリスが最も多く9%です。<br>
 ちなみに有名人ベジタリアンとしては次のような方々がいます。<br>
レオナルド・ダ・ヴィンチ、ガンジー、ヒトラー、アインシュタイン意外な人としては、一世を風靡した陸上選手であるカール・ルイス。筋肉隆々のイメージですが、肉や魚はもちろんミルクも卵も取らないで、あの体!! 世界新記録を出した時、彼はビーガン・ダイエットをしていたそうです。日本人では女子プロゴルファーの横峯さくら選手、吉本新喜劇の小藪・座長、古くは上杉謙信、宮沢賢治もベジタリアンです。さらにはビートルズの4人及びオノヨーコ、ボブ・ディラン、マイケル・ジャクソン、坂本龍一、イルカ、リチャード・ギアー、メル・ギブソン、ヴァン・ゴッホ、ダライ・ラマ、孔子、などなどですが。カール・ルイスは意外でしたが、さらに意外な人がもう一人います。それは・・・なんと、なんと、ブルース・リーです。<br>
 ところで以前、日本経済新聞に「和食」に関しての、海外でのネット検索結果が掲載されていました。これは海外でインターネットの検索サイト・グーグルを使って検索された和食のキーワードをランキングしたものですが、なんと第2位に「エダマメ」がランクインしています。しかも大豆を意味する「soybean」ではなく「edamame」として検索されているとのことです。枝豆は大豆を未成熟なうちに収穫したもので、塩ゆでにして食べることが多いですが、タンパク質やカルシウムなどを含む大豆は健康食として世界的に注目されています。ベジタリアンはこれを食べることでタンパク質やカルシウムを摂取しています。それにしても「edamame」で検索されているとは驚きです。グーグルは「外国人が日本の居酒屋のお通しや、海外の和食レストランで食べて興味を持ち、じわじわと人気が出たのではないか」と推測しているとのことです。枝豆をメニューに入れておくとベジタリアンは大喜びするでしょう。メニューの記載は「edamame」(a
kind of 「soybean」)としておいてはどうでしょう。因みに他でランクインしているのは、1位が「すし」、3位が「ラーメン」、以下「刺し身」、「天ぷら」、「焼きそば」、「餅」、「照り焼き」、「しゃぶしゃぶ」、「みそ汁」と続きます。これらの和食をベジタリアンに提供するにはひと工夫が必要となるでしょう。例えば「すし」はマグロの代わりに「アボガド」を使うのも一つの手だと思います。私が香港に駐在していた1983年当時、現地では生の食材は避けるべしという環境にありました。そこで、お客様あるは仲間を呼んでのホームパーティーで出していたのが、「アボガドすし」です。ちょうど「トロ」のような食感で非常に喜ばれていました。「みそ汁」の具材としては大根などいかがでしょうか。「もやし」とかも、うけるかも知れません。

以上

(2017年1月)

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