インバウンド市場へのアプローチについて

国際部 中川 卓也


 2020年の東京オリンピック開催や安倍政権が観光立国を成長戦略の重要な項目として位置付けたことから、各地でインバウンド市場の取り込みの動きが活発化して来ています。インバウンド市場の開拓について色々な試みが為されていますが、この機会に基本的なアプローチ方法を整理してみたいと思います。
 考え方の流れは、当たり前のようですが、誰が、何を目的に、何時来訪してくるのか、そしてどの様にして対応するのか、に整理して展開して行くことかと思います。

1.誰が来訪してくるのか
端的に言えば、どこの国・地域の観光客が来訪するのかを把握することです。下のグラフは、政府観光局(JNTO)の調査による国別訪日客の推移です。

  

 爆買いで世間を驚かせた中国人(本土)は2013年以降急増しています。また、韓国人、中国(台湾)人も2011年の東北大地震の影響で一時減少したものの近年急増しており、この3か国(地域)が訪日旅行者の大部分を占めていることが分かります。一方欧米系では、米国人がやはり2011年以降徐々に増加しています。
このことから、大都市圏の家電量販店等のインバウンド対策は、中国人、韓国人を主要ターゲットにしたものになる訳ですが、後述するように各地の地域特性や個店の商品・サービス特性によって来訪する外国人の構成は異なってくると思われます。
 例えば、冬季の北海道地区では雪に興味のある台湾、香港、タイ、オーストラリアなど南方からの旅行者が増加する傾向がありますし、地方の日本文化を色濃く残す地域には日本文化に興味を持つ米国人を始めとする欧米系の旅行者が関心を示す傾向があります。
 東京各区の例としては、台東区のように観光資源を豊富に持たない地区がインバウンド市場の開拓を検討する際には、自らの地域特性がどの国の訪日客にアピールするものなのかを、アンケート調査などによりリサーチすることが必要になります。同様に、各個店においても自らの商品・サービス特性がどの訪日客にアピールするのかを把握する必要があります。
ターゲットとする訪日客を把握することによって、道路案内や紹介資料などを多言語化する際の選定言語が異なり、個店においては、店舗内の表示やメニューの表記、顧客対応やトラブル対策などが決まってきます。

2.何を目的に訪日したのか
 訪日旅行者は大きく分けて以下のカテゴリーに分けられます。
① 初めての訪日客
  個人旅行は少なく旅行会社の企画した団体旅行が主体と考えられます。訪問地は、東京(浅草・新宿など)、京都、富士山などの所謂ゴールデンルートとなり、宿泊地や食事・買い物も旅行社手配となるため、地方都市や個店のインバウンド市場開拓の対象にはなり難い対象です。
② 2回~3回目の訪日
  ゴールデンルート以外の地方都市が選ばれ、自由時間の多い団体旅行や個人旅行者も多くなると思われ、地方都市や個店が特色をアピールすることにより取り込みの余地が出てくる対象です。旅行者に良い印象を与えることが出来れば次の訪日に繋がりリピーター客を創造することが出来ます。
③ 知日派、日本好きの訪日
  日本文化に興味があり、サブカルチャーの探訪や日本人の生活体験型を志向する旅行客で、個人旅行主体となると思われます。訪問地は出発前に検討されているため、ネット情報や口コミ情報が力を発揮する対象です。長期滞在の可能なアパートメント型の宿泊施設や民泊の需要が期待されます。
④ ビジネス、会議参加のための訪日
  スケジュールがタイトであるため観光時間は少なく、宿泊地や会議場周辺、或いは視察地周辺の観光になります。宿泊客として誘致し、その地区での滞在時間を増やす対策が必要となります。
注目を浴びているMICE施設(注1)については、国際的には大規模化しており、宿泊施設のほかアフターコンベンションとしてショッピングモールや飲食ゾーン、アミューズメント施設が併設された一体型開発となるケースが多いようです。既存のMICE施設や小規模のMICE施設周辺にはそれらを充足する機能が備わっていることが必要となります。日本各地でMICE建設計画が進行していることから競争環境は厳しくなると思われ、行政と一体となった招致活動がインバウンド取り込みのカギとなります。
 
3.何時ごろ訪日するのか
 以下のグラフは、日本政府観光局の調査による月別訪日外国人数の推移です。



  このように国により訪日時期に大きな違いがあります。これは各国の次のような休日が大きく影響しているためです。
  
   主な国の年間行事
  

 中国の最大の休暇は春節ですが、習慣として親族一同が帰郷する時期ですので海外への旅行はそれほど大きくなく、むしろ夏季休暇(7月~8月)を利用した海外旅行が多いようです。台湾は5月~7月にかけてがピーク。タイではタイ旧正月ソンクラーン、チャクリー王朝記念日の連休に加え3月~4月は学校休校のため4月がピーク。米国は夏季休暇が始まる6月、オーストラリアは南半球の夏休みである1~2月がピークとなっています。
 4月に訪日が増加するタイ人には観桜をアピール、7月~8月に訪日が増える中国・台湾人には祭礼・花火・盆踊りやバーゲンセールをアピール、冬季に訪日が増えるオーストラリア人にはスキー場をアピールするなどの訪日時期に合わせたセールスプロモーションが考えられます。
このような国別の旅行シーズンを反映した集客対策を講じることで、より効率的なインバウンド市場の開拓が可能になると思われます。

4.どの様にしてもてなすのか
①地域住民の外国人の受け入れ受容度を高める
インバウンドの取り込みに重要なことは、店舗の店員は当然ですが、その地域の住民の外国人の受け入れ受容度が高めることです。
   城西支部国際部で企画した谷中「旅館澤の屋」の澤館主のお話では、①一番大事なことは第一印象で、目つきで歓迎している気持ちを表すこと、②英語は変に文章を作らず単語を並べる方が通じる、③言葉が通じない時はジェスチャーや筆記で意思は通じる、④押し付けのサービスをせずお客様が望んだことを誠心誠意行う、とおっしゃっていました。
一般的な日本人は、言葉の壁から変に外人アレルギーを有していますが、我々診断士がセミナーを開催し商店街や地域住民の方々に外国人訪日客受け入れの心構えを解説することも重要な役割と思われます。

②外国人が望むことは外国人に聞く
   これからインバウンド市場にアプローチしようと考えている地域は、得てして自らの視点、即ち郷土愛的視点で地域の魅力や特色を洗い出そうと考えがちですが、外国人の関心・興味と一致しているとは限りません。このため、地域の外国人居住者や留学生へのアンケートなどで、外国人の視点から見た地域の魅力や生活する中で困った点・改善して欲しい点を調査することが必要と思われます。この分野においても中小企業診断士がお手伝いできる分野があると思われます。

③口コミ情報の重要性とWi-Fi
   個人旅行で訪日する旅行客はどうやって事前の訪問先を決定するでしょうか。もちろんガイドブックなどは参考にするでしょうが、最近ではフェイスブックやツイッター、中国では微博(weibo)などのSNSを使って情報収集されることが多いようです。気に入ったお店や商品、景色を写真に撮り感想を書き込み友人に送信したり、ブログに書き込んだりしているようです。受け取った友人たちはこの情報を基に自分たちが訪日する際の参考にする訳です。このため店舗や地域にWi-Fiを設置することは、これからインバウンド市場を開拓しようとするに際しては必須の条件です。
更に、地域・店舗が積極的にブログやSNSを使って自らの情報を発信して行くことが肝要です。その際には英語、出来れば中国語などの翻訳を付けた多言語化した情報発信をすることが必要ですが、これはスタッフのいない中小商店ではハードル高い作業となります。この点でも診断士がお手伝いできるのではと思われます。トリップ・アドバイザーに掲載されればお店の知名度は格段に上がると思われます。

④文化の違いを理解しよう
   文化の違いの典型事例は「刺青」の問題です。日本の旅館や公衆浴場ではほとんど「刺青をした人お断り」なのですが、外国人では多くの人がファッションの一つとして刺青をしています。これをどう解決するかは難しい問題ですが、ある旅館ではシールを渡して貼ってもらうと言った対策を取っているようです。
また、筆者が駐在していた中国では、予約をキャンセルする場合お店に連絡しないで無断キャンセルする人が多いようです。また、発声の違いからか会話の際の声が大きい。今は少なくなりましたが、バイキング式の食事の際は食べきれない量をお皿に乗せてしまいます。これらは歴史的背景から来るもので公衆道徳の問題ではないのです。
上述の「澤の屋旅館」さんでは、これまでは欧米人主体の顧客層であったためお客様は総じてプライバシーには敏感で、夜遅く帰室した場合は音を立てないように気遣いながら廊下を歩くようです。アジア人では恐らくこの様な習慣はないと思われます。今後アジア人の訪日が増えてくる中、顧客層も欧米人だけではなくアジア人も増えてくると予想されており、その際このカルチャーの違いをどう解決していくか悩ましいと言われていました。
一つの解決方法として、訪日客に「快適に日本で過ごすために」などと言った日本の習慣を記載したパンフレットを作成し手渡すなどの方法が考えられます。何れにせよこの問題は一朝一夕には答えのない問題と思われます。

 最後に、「澤の屋旅館」の澤館主の一言を記載して本稿を終わりたいと思います。
「観光は、平和へのパスポート」


(注1) MICEとは、Meeting(会議・研修・セミナー)、Incentive tour(報奨・招待旅行)、Convention またはConference(大会・学会・国際会議)、Exhibition(展示会)の頭文字をとった造語で、ビジネストラベルの一つの形態。参加者が多いだけでなく、一般の観光旅行に比べ消費額が大きいことなどから、MICEの誘致に力を入れる国や地域が多い。日本でも、インバウンド振興策の一環として、国や自治体により誘致活動が盛んに行なわれている。
(JTB総合研究所、http://www.tourism.jp/tourism-database/glossary/mice/)

以上

(2016年9月)

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