“買う”日本から“楽しむ”日本へ

国際部 飯崎 充


 先日、2015年の訪日外国人旅行者数は1,973万人で史上最多、旅行収支は1兆1,217億円の黒字で実に53年ぶりに黒字に転換したとの報道がありました。観光庁の訪日外国人消費動向調査(2015年年間値速報,2015年1月19日発表)によれば、2015年の訪日外国人の一人当り旅行支出は前年比16.5%増の176千円、総額3兆4,771億円は前年比71.5%増です。2015年の日本経済は、外国人観光客によるインバウンド消費が少なからず支えたと言えるでしょう。
 なかでも目立つのが買い物消費です。街中で外国人観光客向け消費税免税のTax Freeの看板を掲げるお店をよく見かけるようになりました。都心に空港型Duty Freeの免税店もできて、外国人観光客が嬉々として買い物を楽しんでいます。その多くは中国・アジアからの観光客です。彼らにとって、近年の円安で日本のものが相対的に安くなったことがその背景にあります。
 かつての円が強かった時代、特にアジアでは円が圧倒的に使いでがあった時代を記憶する身には隔世の感があります。先日東南アジアに出張しましたが、ホテル代を円換算してみて、もはや日本人にとってかの国のホテル代は安いものではなくなったことをあらためて感じました。ドル建ての2014年の一人当り名目GDPの国別比較で、日本の36千㌦は経済協力開発機構(OECD)の34カ国中で過去最低の20位、36千㌦はOECDに非加盟のシンガポールや香港よりも下です。日本人はアジアのお金持ちとは言えなくなってしまいました。円安下の日本製品、それは経済力が増した中国・アジア諸国の人にとってもう高いものではありません。やや複雑な思いがありますが、生活レベルが近づいた今、同じような目線で日本製品の価値を評価してもらえるようになったことは喜ぶべきでしょう。
 
 もう一度訪日外国人消費動向調査(2015年年間値速報)にもどって、国籍・地域別の消費動向を見てみます。 

  

 アジア諸国(+ロシア)の観光客では買い物代が支出の大きな割合を占めているのがわかります。なかでも、中国が割合、金額ともに突出しています。“爆買い”と言われる所以です。一方で、欧米豪諸国では宿泊費の割合が高い。これには滞在日数の違いが大きい。アジア諸国からの観光客は短い滞在でガッチリ買い物をして帰る,欧米豪諸国からの観光客は比較的長めの滞在で、買い物よりも日本での滞在そのものを楽しんで帰る、という形になっているのがうかがわれます。
 それでは、アジア諸国(+ロシア)からの観光客は日本で何を買っているのでしょうか。同じ観光庁の訪日外国人消費動向調査の2015年10-12月のデータから抜き出してみます。

  

 カメラ・ビデオカメラ・時計、電気製品という定番のほかに、化粧品、医薬品類、衣料品・かばん・靴などが人気であることがわかります。意外なところでは、ベトナムの和服、シンガポールのマンガ・アニメ関連商品が目を引きますね。しかし、上記の表からもわかるように、費目を問わず、日本の製品は広くアジア諸国の観光客の購買対象になっています。それだけ信頼が高いということでしょう。
 海外旅行で買い物にお金を使うのは、かつての日本人もそうでした。もはや死語になっていますが、“舶来品”信仰があった。アジア諸国の人たちにとって、日本製品が手の届く“舶来品”になったのだとすれば、やはりありがたいことです。
 ただ、“爆買い”とか買い物目的の観光では、ナショナルブランドの商品が売れるばかりで、観光地の地元にはそれほどの金が落ちないという問題があります。また、アジア諸国からの観光客も、初回では“爆買い”しても、二度目になれば繰り返しの“爆買い”はしないでしょう。越境ECの仕組みが発展してネットで自由に注文ができ、関税や送料もどんどん安くなる現在、日本製品の購入が目的ならわざわざ日本に来るまでもなくなりつつあります。為替が円高に振れたり、アジア諸国の景気の変調で購買力が陰ったりした時には、買い物自体の魅力が薄れるかもしれません。事実、2016年の春節休暇では中国からの観光客の“爆買い”も昨年とは毛色が違ってきているようです。
 円安による買い物頼みになることなく、日本ファンを増やして、滞在型で楽しんでもらえる日本を目指すこと、それがインバウンドビジネスを伸ばす本筋でしょう。訪日外国人消費動向調査の2015年10-12月のデータでは、多少のリップサービスがあるにせよ、どの国でも訪日旅行の満足度は例外なく高く(全体の92.6%が「大変満足」か「満足」)、日本再訪の意向あり(「必ず来たい」と「来たい」を合わせると93.3%)と回答しています。これを、再訪につなげない手はありません。そして、再訪時には日本での体験、滞在自体を楽しんでもらい、更なるリピーターになってもらう。そのために何をすればよいか。感性が日本人とは異なり、多様な人たちが、それぞれ日本の何を楽しく感じるのか、これを掴むのはなかなか難しい。
 一つの試みとして、既に各方面で紹介されている日本人ベンチャーが仕掛けた台湾・香港人向けの訪日観光情報サイト「樂吃購 日本」(http://tokyo.letsgojp.com/)のように、外国人自身の視点を活用することがあります。「樂吃購」、発音は“ラーチーコウ”、Let’s Goにあてたもののようですが、意味は漢字そのもの、「樂(楽しむ)」「吃(食べる)」「購(買う)」を組み合わせたものです。台湾・香港人向けに台湾・香港のライターが自ら取材して感じた日本各地の魅力を綴ったルポやコラムを掲載しており、日本の自治体や企業から広告を集めはするものの、日本人が書いたものの翻訳はしないとのこと。試しに、「樂吃購 北陸」を覗いてみると、人気北陸行程の第1位として、「世界遺産 五箇山菅沼合掌集落」の詳細なルポが載っています。世界遺産に登録されているとはいえ何とニッチな---、と思いますが、この記事をものしたライターはきっと五箇山菅沼合掌集落のファンになった人。「樂吃購」は台湾人なら知らない人はいないと言われるほどの人気サイトですから、この記事で情報を仕入れて菅沼合掌集落を訪れる人が既に出てきていることでしょう。ファンに発信してもらって、それが次のファンを呼ぶ、こうした展開ができればまさに理想的です。当たり前のことですが、まずはファンを作って大事にすることですね。

 最後に、付け加えたいことがあります。2015年の訪日外国人の旅行支出総額は3兆4,771億円でした。一方で、日本国内の観光消費は2006年の30兆円から2014年には22兆5千億円まで縮小しています。2015年の訪日外国人の支出は前年より1兆円以上増えましたが、それまでに国内の旅行支出がそれ以上に減ってしまっています。いつの間にか日本人は旅行しない民族になってしまったようです。成熟社会であれば、モノよりコト消費に向かって当然なのに、典型的なコト消費である旅行支出が伸びないどころか縮小している。外国人に日本体験を楽しんでもらおうとするなら、まず日本人自身が日本各地の魅力を発見して旅行を楽しみ、それを内外に発信していくことが必要なように思います。かく言う筆者も、五箇山菅沼合掌集落あたりまで出かけてみないといけないかな。

[ 参照サイト ]
観光庁 訪日外国人消費動向調査 http://www.mlit.go.jp/kankocho/siryou/toukei/syouhityousa.html


以上

(2016年2月)


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