インバウンド(訪日外国人観光客)と地方創生

元山純一郎


はじめに
 最近は、新聞やテレビの報道等でいわゆる「インバウンド」に関連した記事が報じられない日はありません。特に、中国を中心としたアジア諸国からの訪日外国人観光客による日本製品の「爆買い」やホテルの稼働率向上のニュースは、人口減少期に入った日本経済の復興に欠かせない好材料として注目を集めています。2008年には「和食」が世界文化遺産に認定され、世界で最も影響力があるとされる米大手旅行雑誌「トラベル+レジャー」が発表した2015年の世界の人気観光都市ランキングで、京都市が昨年に続き2年連続で1位に選ばれるなど、日本への関心が高まっています。日本政府観光局のまとめによれば、2014年の訪日外客数は前年比約30%増で史上最高の1,300万人を超えたとしており、政府は2020年の訪日外国人観光客数を 3,000万人(消費額を4兆円)まで拡大したいとしています。しかし、多くの訪日外国人観光客の訪問地はゲートウエイである東京や大阪から、有名観光地の京都、奈良、富士山、箱根などを回るいわゆる“ゴールデンルート”に集中しており、訪日客をどのようにして地方へ回遊させるかが課題となっています。
           表1:2013年・2014年の訪日外客数

出典:日本政府観光局(JINRO)資料より上位10カ国を抜粋

(1)観光庁が定めた訪日外国観光客の回遊ルート 
 観光庁は現在の偏った訪日観光客の観光ルートを地方へも回遊させるために、本年6月公募により7つの「広域観光周遊ルート」を選定しています。ここには認定した広域観光周遊ルートに対して、広域で利用できる無料公衆無線LAN環境の整備、マーケティング調査、計画策定のための専門家の招聘、海外プロモーションの実施などの活動に対して補助金を出し、地方の伝統文化や自然の魅力を海外にPRし、多くの訪日客に日本各地を幅広く観光してもらおうという観光庁の狙いがあります。こうした広域観光ルートではテーマを掲げて複数の観光地を結ぶことで有名観光地だけでなく途中の小さな観光地にも観光客を集めることができます。その代表的なものがドイツの「ロマンティック街道」やスペインの「サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路」等です。今回観光庁に認定された7ルートは以下の通りとなっています。
図1:観光庁が認定した広域観光周遊ルート

出典:観光庁HP: http://www.mlit.go.jp/kankocho/shisaku/kankochi/kouikikankou.html

1)アジアの宝 悠久の自然美への道 ひがし北・海・道
(Hokkaido-Route to Asian Natural Treasurers)
釧路湿原や知床などを含む北海道東部の大自然を巡るルート
2)日本の奥の院・東北探訪ルート(Exploration to the Deep North of Japan)
平泉や会津若松など、東北地方や新潟県を巡る歴史と文化を知るルート 
3)昇竜道(SYORYUDO)
富士山南麓から伊勢神宮や白川郷、飛騨高山などを回り、金沢・能登に至るルート 
4)美の伝説(THE FLOWER OF JAPAN: KANSAI)
京都・奈良や熊野古道といった世界遺産に、大阪城、天の橋立を組み合わせたルート
5)せとうち・海の道(The Inland Sea, SETOUCHI)
瀬戸内海を囲む7県を回るルート。淡路島から徳島、高松、宮島などが含まれる
6)スピリチュアルな島~四国遍路~(Spiritual Island~SHIKOKU HENRO~)
四国遍路を軸に四万十川など日本の原風景を見ながら四国を一周するルート
7)温泉アイランド九州(Extensive sightseeing route of “Onsen Island” Kyusyu)
全国一の温泉源泉数と湧出量を誇る温泉をコンセプトとした、九州一周ルート

それでは、こうした観光庁の支援策に関連付けて中小企業診断士が活動できる観光産業の振興と関連した地方創生のプログラムは考えられないのでしょうか? そのヒントになる事例がありましたのでご紹介したいと思います。

(3)観光の経済波及効果と地域創生
 観光は、人々が日常生活の場を離れて旅行をすることで、私たちが普段とは異なる場所へ移動し、飲食や宿泊、買い物をするなどをすることで消費活動の地理的な広がりをもたらすと言われています。こうして行われた消費活動は、その地域での直接的な観光収入になります。これを「観光消費の直接効果」と呼んでいます。こうした観光収入の一部は、地域の観光事業者が原材料やサービスの調達費用としてほかの事業者へ支払われ、一定の経済効果が生まれます(一次波及効果)。さらにこうした取引を通じて関連する産業の従業員などへは給与として観光収入が間接的に配分されて行きます(二次波及効果)。これらの一次・二次の波及効果を合わせて「観光消費の間接効果」と呼んでいるようです。観光庁によれば、2011年の観光消費額は22.4兆円で観光GDPは8.2兆円に上るとされ、これは日本のGDPの1.8%を占めているようです。また、観光産業の就業者は443万人で、総就業者数の6.9%になります。観光消費がもたらす経済波及効果は46.4兆円にも上がり、大きな経済波及効果があるとされています。
政府はこうした観光産業がもつ経済波及効果と消費の地理的移転に注目し、国の成長戦略のひとつとして、また地方創生の切り札として観光産業の振興を位置付けています。また、日本国内の人口減少にともない外国人による訪日観光客の誘致が注目されるようになっています。海外からの旅行者が国内観光を通じて行う消費活動は、旅行者を受け入れる国にとっては外貨の獲得に繋がり、「輸出」とおなじ効果が期待されるからです。観光庁による「訪日外国人消費動向調査」によれば、旅行者は交通や宿泊だけでなく「食事」、「買い物」「繁華街の街歩き」が上位3位を占めており、旺盛な消費活動を行っていることがわかります。「土産物の購入」では、お菓子、化粧品・医薬品、カメラ・ビデオ・時計、電気製品などが多く購入されており、観光産業だけでなく農林水産業や製造業にも大きな経済波及効果をもたらしています。
他方、訪日観光客の目的や行動パターンにも変化が見られるようです。アジアからの旅行者では、東京から富士山、京都・大阪へ抜ける「ゴールデンルート」の名所・旧跡を5~6泊で巡る団体ツアーが人気を博していますが、欧米からの旅行者は個人旅行や小人数での旅行を好まれる傾向があるとしています。しかし、旅行者が成熟し旅なれてくると、お決まりの観光地めぐりでは飽き足らず、自分自身の関心や趣味を追求するための旅行プランを求めるようになります。これは世界的な傾向のようです。日本は南北に細長く多様な分野や歴史に恵まれた地域を多く有していることから、こうした趣味性・テーマ性が高く、体験や学習に重きを置いた旅行SIT(Special Interest Tour)の誘致にも大いに可能性があるようです。

(4)「里山十帖」の挑戦
 「里山十帖」とは、新潟県南魚沼市の山間部にある大沢山温泉に観光業とは無縁の雑誌「自遊人」の編集者である岩佐十良氏により開設された、全室12室のライフスタイル提案型の宿泊施設です。岩佐氏は、豪雪地帯で知られる大沢山温泉で廃業となった古びた温泉旅館を独自の「デザイン的思考」により、個性的な小規模の宿泊施設として復活させています。2012年5月にリノベーションを開始し、2014年5月にはオープンさせていますが、誰もが失敗に終わると言っていたこの再生事業はオープンから3ヵ月後には稼働率90%以上という驚異的な数値を達成しています。また、「里山十帖」は2014年度「グッドデザイン賞 ベスト100」や「ものづくりデザイン賞(中小企業長官賞)」にも選ばれています。その理由は岩佐氏の著書である「里山を創生する『デザイン的思考』」に詳細に書かれていますが、ここではそのエッセンスをご紹介したいと思います。岩佐氏が提唱する「成功の法則」は以下の通りです。
1)モノよりコトの価値共有を目指せ
  右脳にダイレクトに働きかけ、ハードの訴求ではなくソフトの提案を行い、
  里山ならではの自然体験を提案、
2)圧倒的な強みの明確化
  絶景露天風呂というシンボルを作り、唯一無二の「自然派日本料理」を提供、
3)特定の客層に深くコミットせよ
  リピーターを大切にし、ターゲテイングマーケティングを徹底、
  模倣では新たな価値は生み出せない
4)意外な組合せがイノベーションを起こす
  既成概念がイノベーションを阻害する、
古民家とモダンデザインの融合、環境に配慮したエネルギー作り、
5)真に「物語のある商品」を生み出せ
  プレミアムな時間こそが“物語性”
  物語の発信力は主(事業主)の美的センスに比例する
6)地域への創造的貢献を目指せ
  伝統野菜が「生き甲斐農業」を支える、出会いの場の提供と集うことの価値
7)見えないコストとリスクに敏感になれ
  標的顧客を絞れば広告宣伝費は減少する、社会へのコミットを高めてマスコミの関心を得る、事業計画書が思考のスクラップ&ビルドを阻害する
8)人材採用のキーワードも「共感」
  横並びの求人では採用はできない、自らが現場に立って「共感」を呼ぶ、
  「中抜け勤務」から「マルチタスク勤務」へ転換し合理的な勤務体制へ、
9)マーケットを作るという発想
  「B級グルメ」や「ご当地キャラ」を後追いしない、永久に残したい味「A級グルメ」を提唱、観光と農業の連携、協業が地域を潤すカギになる、
  掛け声だけの「地産地消」から脱却し、真の「農商工連携」を目指す、
  補助金に頼らない自主的な継続活動が未来への道をつなぐ
10)「若い力」と「外部の力」を呼び込む
  産学協同プロジェクトの取り組み、伝統織物と学生のコラボレーション、
  家具や調度品ではアーチストやブランドとのコラボレーション

こうした努力により、「里山十帖」ではリピーターの数が増え、それが驚異的な稼働率に繋がっているようです。また、Singapore Good Design 2015を日本の宿としては初めて受賞していることから、海外からのお客様も一定程度あるようです。
診断士としては、「事業計画書が思考のスクラップ&ビルドを阻害する」という刺激的な成功法則もありますが、岩佐氏が言いたいのは、「事業計画書は作ったら終わり、経営環境や状況が変わっても見直しをしない事例が多い」、「リスク回避の風潮から過去のデータに基づく分析のみではイノベーションは生まれない」もという事象に対する警鐘であると理解しました。一度、「里山十帖」を体験する時間を持ちたいと思っています。


参考資料:
・「訪日観光の教科書」高井典子・赤堀浩一郎薯 創成社
・「里山を創生する『デザイン的思考』」 岩佐十良 ㈱KADOKAWA
・観光庁:http://www.mlit.go.jp/kankocho/shisaku/kankochi/kouikikankou.html
・日本政府観光局:https://www.jnto.go.jp/jpn/news/press_releases/pdf/20150120.pdf




以上

(2015年10月)


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