パルメザンチーズ ~EUのFTAにおける地理的表示保護に思う~

国際部 中村 寛


 皆さんは、パルメザンチーズと聞くと何を思い浮かべられるだろうか。多くの方が、スパゲティなどのパスタにかける、あの緑色で円柱型の粉チーズを連想されるのではないだろうか。日本人の多くが粉チーズ自体をパルメザンチーズと認識しているようであるが、部分的には正しい。下の写真は米クラフト社の粉チーズと、西友のPBの粉チーズであるが、これらのチーズはパルメザンであって、パルメザンではないのである。なにやら面倒くさいことを申し上げたが禅問答はやめにして本題に入らせて頂く。
その前に一つ。これらの粉チーズ自体は大変美味しく、筆者も家に常備している。よく利用するので回転率も高い。今回の主旨は中身のチーズについてではなく、商品表記についてであり、そこのところをお間違いのないよう、くれぐれもよろしくお願い申し上げる。
              
 さて、今回の話の始まりはジェトロセンサー2016年12月号の記事である。この月刊誌の冒頭にFTAに関する特集があった。その中の「EUのFTAにおける地理的表示保護対象の例」という表に「パルミジャーノ・レッジャーノ(parmigiano reggiano)」というイタリア産チーズの名前が載っていた。EUがこの名称を地理的保護商標として取り扱うようFTAの条件にしているのであるが、チーズの名称としてはこの他にもカマンベール・ド・ノルマンディ(仏)、ゴルゴンゾーラ(伊)、モツァレラ・ディ・ブファラ・カンパーナ(伊)などが保護対象となっている。

 「パルミジャーノ」の英語読みは「パルメザン(parmesan)」である。以前会社の部下から、パルミジャーノチーズとパルメザンチーズの違いを聞かれた際、イタリア語と英語の違いであってチーズは同じだ、と答えたことがある。その時の質問者の反応は「え~!そうなんですかぁ?」だったが、筆者は「勿論そうだ」と自身満々に答えた。しかし、調べてみるとそうとは言い切れない複雑な事情があった。それをここで簡単にご紹介したい。

 パルミジャーノ・レッジャーノというチーズはイタリアのパルマやレッジョ・エミリアという地域で作られているチーズである。「パルミジャーノ」は「パルマ地方の」「パルマ地方の人」という意味、「レッジャーノ」は「レッジョ地方の」「レッジョ地方の人」という意味のイタリア語である。パルミジャーノ・レッジャーノを名乗るには、イタリアの原産地名称保護制度(DOP、Denominazione di Origine Protetta)の下で厳格に決められた条件をクリアする必要がある。製法、熟成期間、直径、厚さ、重量、色などである。検査の結果、条件を満たさないチーズは名のないチーズとして市場に出される。EUはこのような地理的表示が無断で使用されることで商品の価値が毀損することを防ぐために、名称を保護対象としている。
            
 パルミジャーノ・レッジャーノは1996年にEUで保護原産地呼称に登録されたが、それ以前からパルメザンの名称は使われており、イタリア国内においてさえもパルミジャーノ・レッジャーノの原材料を一切使わないチーズがパルメザンとして作られていた(販売先は国外)。またEUの中にはパルメザンを一般名称とする国が複数あった。そのような中、欧州司法裁判所において過去2回、パルメザンという名称がパルミジャーノ・レッジャーノの訳語か否か、粉チーズなどに使われている一般的な名称か否かが論点になっている。
その時の司法判断はというと、相反する見解がEU内にあって双方がそれぞれの国内で既成事実化していたためか、いずれの問いにも正面から検討することを避けつつ、最終的にはパルメザンという言葉がパルミジャーノ・レッジャーノを喚起させる(思い起こさせる)として、地理的表示の侵害ありという考えを示した。この判断によってEUでは現在パルミジャーノ・レッジャーノの生産者以外がパルメザンという名称を使うことはできない。
         
 一方EU以外ではパルメザンという言葉は普通に使われている。冒頭で紹介したクラフト社のパルメザンチーズはアメリカで生産されていて、DOP制度の生産条件に沿ったものではない。西友のPB商品も、確認はしていないが恐らくイタリアでは作られていないだろう。パルマ地方のものではないのにパルメザンを冠している訳である。
アメリカの主張は、モツァレラやパルメザンのような原産地名は一般名称であり、カリフォルニアで作られたパルメザンチーズであれば「カリフォルニア・パルメザン」のように実際の産地名と合わせることで保護の対象になる、というものだ。既にアメリカでは多数の商品が原産地名を冠した名称等で流通しており、その既存利益を守ろうとする力が大きいのであろう。先述したような争いはアメリカでは起きていない。因みにアメリカでは、モツァレラやパルメザンに商標権が認められているそうだ。一般名称だとする主張とは矛盾しているように思えるが。

 冒頭に「パルメザンであって、パルメザンではない」と申し上げたのはこのような事情からである。つまり一般名称としてのパルメザンではあるが、DOP制度上のパルメザンではないということだ。現在の日本では、パルメザンは一般名称として取り扱われることが多いと思う。パルミジャーノ・レッジャーノとは別物という認識だろう。これに従えば、冒頭の見解は「パルメザンであって、パルミジャーノ・レッジャーノではない」となる。筆者もこの流れに従った方がいいのだろうか。そういえば、筆者が駐在した20数年前のブラジルにもクラフト社の緑色の粉チーズはあった。その商品上の表記は「Queijo Ralado, Tipo Parmesão」、日本語にすると「粉チーズ、パルメザンタイプ」だった。これなら、パルメザン風のチーズを使った粉チーズ、と読めて違和感はないのだが。

 日本でも多くのイタリアレストランでパルミジャーノ・レッジャーノが使われている。下の写真のように中央を削ってお皿のように使っているのを見たことがある。またビュッフェで写真のようなチーズがテーブルに置いてあり、客が自分で削り取るようにしているところもある。パルミジャーノ・レッジャーノを味わう機会があれば、是非トライしたいと思う。チーズ専門店で買うのもありか。
          

 蛇足: カフェオレとカフェラテは日本語にすればどちらも「コーヒー牛乳」であるのに、昔よく飲んだあのコーヒー牛乳(瓶に入った紙の蓋のやつ、紙の蓋でよくメンコ遊びをした)とは違う。カフェオレはミルクが効いていてまろやかだが、カフェラテの方はエスプレッソを使っていてコクがある。カフェオレはカフェオレ、カフェラテはカフェラテの主張がある。決してコーヒー牛乳と呼んではいけない。(個人の見解です)
以 上


【参考文献】
荒木雅也[2013]欧州司法栽培所におけるパルミジャーノ・レッジャーノ/パルメザン・チーズに関する地理的表示紛争 パテント2013 Vol.66

髙橋悌二[2012]地理的表示に関連したチーズとワインの名称をめくる争い 
http://www.ab.auone-net.jp/~ttt/cheese-names.html

以上

(2017年3月)

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