「米国大統領選挙とソーシャルビジネス」

国際部 東  新


 本来予定していたテーマ「日本のソーシャルビジネス」の原稿を書いている最中に米国大統領選が行われ、大半の予想に反してトランプ氏が当選するという世界中を驚かせる歴史的な出来事が起こった。私も“まさか”と思った一人であるが、急遽米大統領選について一言付け加え、更に、大胆にもソーシャルビジネスとの関係について書くことを試みる思いに至った。以下がその結果である。

 今回の米国大統領選に寄せる関心は日本でも高く、私もクリントン氏が最終的に当選すると思いつつ終日その動向に注目していたが、開票が進むにつれ米国内ばかりでなく世界中が驚きの目に変り、その結果に多くのメディアが不安や動揺を伝えた。確かに、トランプ氏が選挙運動中に発言した施策を実行するならば、日本へのインパクトも相当大きいものになる。TPP、駐留米軍費用、金融・通商などこれから注視しなければならない政策は多くあるが、トランプ氏の“内向き政策”が日本や世界のソーシャルビジネスにどう影響するか考えてみる。

 現地のことは現地にいないと分からないことは多々あるが、このところの“英国のEU離脱”、“東京都知事選”、“米国大統領選”など、地元メディアさえ読みを外す出来事が続いている。今回の米国大統領選の結果は、“グローバル化とIT化に乗り遅れた人たちの不満がトランプ人気に繫がった”という見方をしている記事を読んだが、メディアや多くの知識人が気づかなかったり、軽視していた部分が意外と大きかったと言えるのではないだろうか。それは、格差が産んだ様々な不満が予想以上に蓄積されているということで、今の日本にも当てはまる現象であることをこの一連の出来事から教えられたような気がする。

 普段私たちは、メディアや政府の報道を通じていろいろなことを判断して行動をしている。然しながら、これだけIT化が進みグローバル化してくると、その変化のスピードと情報量、更に多様性にメディアも政府もついて行けてないのではと思わざるを得ない。それは日本の社会的課題に対する私たちの意識においても同じことが言えると私は思っている。

 日本の社会的課題は多様化し複雑化している。育児、高齢者・障害者介護、自然環境、格差・貧困、教育、過疎化、商店街の衰退、など私たちの周りで起こっている問題は数限りがない。社会的課題が多様化し複雑化している要因は、内部環境の変化としての「人口減少」、「少子高齢化」と外部環境の変化としての「グローバル化」を挙げることが出来る。「グローバル化」による影響は、身近には、過疎化、商店街の衰退、格差、子どもの貧困など直接、間接に現れている。

 この様な社会的課題を解決する手段として、国は地域に密着した中小企業に「ソーシャルビジネス」への取り組みを後押しする施策をとるように様になった。元々日本では地域の課題を解決する仕組みはあったといえるが、人口の減少や少子高齢化によりそれを支える人が少なくなり、機能しなくなってきたことと、国の財政が逼迫して手が回らなくなり、民間の力を借りなければ対応できなくなってきた事情による。即ち、小さな政府化により公共の課題解決は国が行う公助から共助へ、そして自助への変化が起きているのである。

 この様な動きは世界においても同様である。“揺りかごから墓場まで”と言われた英国の福祉政策は、第2次大戦後の成長期が終わると機能しなくなり“英国病”と言われる状態になったことはご存知の通りである。そこに現れたサッチャー政権(1979~1990)は“小さな政府と国民の自立”を掲げて財政の建て直しを図った。その結果経済は復調に転じたもののそこには格差の拡がりが現れ、一人親世帯、マイノリティ、障がい者など弱者への支援が行き渡らない状況が生れた。その後に登場したブレア政権(1997~2007)は、「社会的企業」の役割を重視する政策に転換し、CIC(Community Interest Company)と呼ばれるコミュニティ利益会社規則を2005年に制定するに至っている。その後中間層を中心とした不満を背景に、キャメロン政権においてEU離脱が国民投票により決定されメイ新政権が誕生(2016年7月)したことは記憶に新しい。

 一方、米国におけるソーシャルビジネスは、民間財団を中心に社会起業家の力を利用するところに特徴があると言える。1960年代は公民権運動や反ベトナム戦争などの市民運動が高まり、1970年代は経済面で景気後退とインフレが並存するスタグフレーションが起こる混乱した時代があった。そこに現れたレーガン政権(1981~1989)の「レーガノミックス」は、小さな政府への転換と民間企業の活性化を推し進め、企業業績の回復を実現させた。その結果、個人や企業から財団などへの寄付が広り、社会起業家が活躍できる環境を整える効果を生み出している。その後ビジネススクールや大学は、積極的にソーシャルビジネスをカリキュラムにとり入れ、若者のソーシャルビジネスへの関心を高める結果になっている。英国のCICに見られるよな制度は、2008年にバーモント州で制定されたL3C(Low-profit limited LLC)や2010年にメリーランド州で制定されたB-Corp(Benefit Corporation)に見られるが新たな全国的な制度は制定されていない。社会的企業の多くは日本同様NPOを利用している。

 さて、日本のソーシャルビジネスであるが、それへの関心の高まりのきっかけは1995年1月に発生した阪神淡路大震災のボランティア活動と言われている。その時に公的な支援の限界が露呈され、民間による支援の重要性が認められるようになった。そして1998年3月にNPO法が制定され、2015年12月末時点でその数は5万社を超えている。然しながら、ソーシャルビジネスに取り組む多くの事業者の経営資源は脆弱でその経営は厳しい状況にあり、人材の確保、収入の安定化、事業運営能力の向上、ネットワークの構築、等々抱えている課題は多い。また、社会的課題の解決に取り組む姿勢として、ボランティア的な奉仕の考え方が強く、ビジネスの形を持ち込むことを嫌がる風習があることもその発達を遅らせる原因となっている。

 国もその様な課題を克服する為の支援に力を入れており、ソーシャルビジネスの定義として「①社会性」「②事業性」「③革新性」を挙げて、ビジネス手法を用いた社会的課題の解決を推進しようとしている。定義の①と②は容易に理解できるが、「③革新性」を挙げている理由は、“対象となる利用者が少ない”、“利用者の経済力が低い”、“ニーズが多種多様で分散している”など、従来のビジネスでは対象にしない領域でいかに収益性を確保するかの課題がある為である。そこで地域に密着した中小企業にソーシャルビジネスに取り組んで地域の課題解決を果たして欲しいと言う流れになるのだが、そうであれば、英米に見られるようなソーシャルビジネスに関連する施策を充実させなければならない。具体的には、一元的に取りまとめる政府機関の設置や、従来の組織形態から社会起業として活動しやすくする制度の整備、中間支援組織の発達など、整備しなければならないことが多々ある。

 まだ政権が交代したばかりの英国や米国の新政権の政策が見えてこないが、この様な時期における社会的課題の解決は国の最重要課題と言える。英米の新政権がこの様な国内の課題にどう取り組むのか、両国の政策には目が離せない。そして、日本でも英米に見られる格差の問題が顕在化しつつある状況において、既存の政策への不満が蓄積されどこかで爆発する可能性は否定出来ない。そうならない様に、安倍首相の「一億総活躍社会」は「一億総ソーシャル社会」に置き換えて、All Japanで取り組むと良いと思うのだが如何であろうか。

 私達中小企業診断士としても、社会的課題を解決するために中小企業の支援をソーシャルビジネスの視点で取り組むことは意義のあることであり、それが私達に課せられたミッションと言えるのでないか。結局まとまりのない文章になってしまったが、今回の米国大統領選挙の結果を見て改めてその思いを強くした次第である。

以上

(2016年11月)

戻る