東 新
はじめに
城西支部に国際部が誕生して今年で7年目になりますが、このコラム欄は2009年8月に掲載が始まって以来、今回で28回目を数えます。第1回目の「国際化からグローバル化へ」から始まって前回の「中小企業の海外展開支援の撤退のあり方について」まで、旅行記、食べ物、現地情勢の紹介、そして中小企業の海外進出戦略まで、国際部員が海外での経験や興味を持ったことを様々な視点から情報提供の形で掲載してきました。今振り返ると塵も積もれば山となるの喩えどおり、勿論整理は必要ですが、海外進出支援に参考になる読み物となりつつあるのではないかとちょっと自負したい感に浸っています。
さて今回は、前回、前々回の流れを汲んで、日本の中小企業が海外進出する上で参考にして欲しい取組み方について述べたいと思います。それは、長寿企業(老舗)の経営理念です。
Ⅰ.日本の長寿企業数は世界で一番多い
このことは皆さん既にご存知のことと思いますが、2008年に韓国銀行が世界41カ国を対象に行なった調査[1] によると、創業200年以上の企業は5,586社あり、そのうち3,146社は日本という結果がでています。2番目に多いのがドイツの837社、3番目がオランダの222社、4番目がフランスの196社となっています。因みに、アジアでは日本の他には中国の2社があるだけで、当の韓国企業はゼロという結果になっていました。
世界で一番古い企業は日本の金剛組(社寺建築、大阪府、578年創業)、二番目は西山温泉慶雲館(旅館、山梨県、705年創業)、三番目は古まん(旅館、兵庫県、717年創業)と言う順序で、六番目まで日本企業が占めています。そして日本に長寿企業が多い理由として、①本業重視、②信頼経営、③徹底した職人精神、④血縁を超えた後継者選び、保守的な企業運用を挙げていますが、その他にも異民族の侵略を受けにくい島国であること、日本人の和を大事にする風土、単なる金儲けではなく社会的な貢献を意義あるものとするビジネスに対する考え方があると思われます。
1.長寿企業の生き残りの秘訣
世界的に見て長寿企業の多くは中堅・中小企業となっていますが、業種においても、旅館(ホテル)、酒類の醸造、建築などが多く、家族経営が中心、など共通する部分は多く見られます。尤も、地代が替われば業種も違ってくると思われます。
ここで日本の長寿企業の生き残りの秘訣“企業永続の8つの法則” [2] を「新日本永代蔵-企業永続の法則-」(舟橋春雄著)から紹介したいと思います。それは、
① 明確な使命やビジョン、② 長期的視点に立った事業経営、③ 人間を優先する経営、④ 顧客志向の徹底、⑤ 社会性、⑥ 変化を恐れず耐えざる革新を目指す姿勢、⑦ 質素・倹約の勧め、⑧ 前述の価値観や経営のあり方を維持、継続する努力を怠らない、であります。
以上の8つの法則は国内で事業を営む企業のみならず、海外進出をする企業においても十分当てはまるものですが、文化、習慣、制度の異なる海外に進出する企業においては、特に①と②が重要で、海外進出する目的を明確にして、自社の強みを理解し、長期的な経営方針を立てて取組む必要があります。また、③から⑦については、現地に溶け込んで長く事業を続ける為に必要な項目と言えます。
経営者の勘だけで進出してしまうなど、十分な準備をせず方針も立てずに進出して、結果的に撤退の危機に陥ったケースが増えてきていることは、前回のコラムで述べられているとおりであります。
2.海外に市場を求める日本企業の課題
前述の8つの法則は、海外進出支援をする中小企業診断士にとっても役立つ知識ではありますが、一方で海外進出をする上で多くの日本企業に共通する大きな課題があることを忘れてはなりません。それは、日本の多くの中小企業がグローバルなビジネスに慣れておらず、海外とのビジネスの取組み方が判らない、或は消極的になっているということです。
そこで、海外とのビジネスが盛んな国の中小企業について考察してみたいと思います。考察する国は、世界で二番目に長寿企業の多いドイツと世界一のGDPを誇るアメリカの中小企業です。詳しくは次の章で述べますが、両国は夫々輸出に力を入れており、海外需要の取り込みが求められている日本企業にとって参考になる点が多くあります。
さて表1は、ドイツ、米国と近年成長著しい中国、そして輸出に活路を見出している韓国との輸出額比較です。ドイツはGDPの44%を輸出が占めておりますが、韓国はそれよりも多い47%となっています。輸出に力を入れている米国は2008年から2012年にかけて24%の伸びを示していますが、GDP世界2位になった中国は同時期で41%と、更に大きな伸びを示していることが判ります。翻って、我が国日本はほぼ同額で横ばいとなっておりますが、GDPに占める輸出の割合が13%と5カ国の中で一番低くなっています。少子高齢化、ビジネスのグローバル化を考えると国内市場が縮小していく中で、夫々の企業が海外の需要を積極的に取り込んでいかなければならないことがお分かり頂けると思います。
表1 主要国の輸出額比較[3] (億ドル、人口は百万人) |
||||
国名
|
2008年 | 2012年 | GDP | 人口 |
日本 |
7,820 |
7,929 |
59,639 |
126 |
ドイツ |
14,513 |
14,920 |
34,006 |
82 |
米国 |
13,011 |
16,120 |
156,847 |
313 |
中国 |
14,286 |
20,210 |
82,270 |
1,347 |
韓国 |
4,220 |
5,482 |
11,559 |
49 |
Ⅱ.アメリカとドイツの中小企業
日本の中小企業が参考にすべきアメリカとドイツの中小企業についてですが、ドイツについては代表的な中小企業の概念であるMittelstand(ミッテルシュタンド)の特徴を見ることにします。表2は独・日・米の中小企業が国の経済に占める割合を示したものですが、日・独に共通するところが多いことがお判りになると思います。
表2 中小企業の割合[4] |
|||
|
ドイツ |
日本 |
米国 |
企業数 |
99.6% |
99.7% |
99.7% |
被雇用者数 |
61.0% |
62.8% |
49.1% |
付加価値 |
52.0% |
49.3% |
43.9% |
1. アメリカの中小企業
著者は商社勤務時代に米国の食肉加工機械・資材の輸入を担当していました。1980年代は日本の食文化が欧米化する過程にあり、ハム・ソーセージ、ハンバーガー等の需要が大きく伸びた時期でその生産の近代化、量産化に貢献する機械類のニーズは高いものがありました。それ等機械メーカーの多くは10人から50人程度の中小企業でしたが、世界中の顧客を相手にグローバルな事業展開をしており、その玄関先には米国国旗と並んで“E”の字が書かれた旗が掲揚されていたことを鮮明に記憶しています。
これ等米国の中小企業は、日本の長寿企業に見られるような、特化した分野で家族中心の経営をしていましたが、日本と異なる点はグローバルなビジネスをしていることにあり、国際展示会に積極的に参加して海外の顧客を取り込み、外国には現地にRep. (Representativeの略)と称する販売代理人を置いてビジネスをしていたことです。
因みに、米国の輸出振興政策は、今のオバマ政権も力を入れており2010~2014の5年間で輸出を倍増する計画を立てていましたが、2013年の輸出額は22,802億ドルと目標達成は難しそうであります。日本は2013年の輸出額は7,192億ドル、2014年が6,493億ドルとなっており、為替の影響もありますがほぼ横ばいで、海外需要の取り込みは掛け声どおりにはいかないようです。
ところで、世界の老舗企業数に関する別の調査[5] によると、1位がドイツ(485社)で、2位は米国(278社)となっていました。3位には日本と英国が同数(216社)、5位スイス(116社)の順になっており、インターネットで確認できる企業と言う条件付ながら、米国は世界2位の老舗企業数を有する国という解釈もあるようです。因みに前述の韓国銀行の調査では、米国は82社でしたから10位前後かと思われます。
2. ドイツの中小企業
ドイツにはグローバルな事業展開をする中小企業が多くあることはよく知られていいますが、その存在感は米国のそれをしのぐものがあります。歴史も長く、ドイツ経済を支えている中小企業、特に、特定の製品セグメントへの特化、グローバリゼーション、家族所有、長期的視野にたった経営、などの特徴を持つ”Mittelstand”(ミッテルシュタンド)と言う概念で代表される中堅企業の存在は大きいものがあります。表3は、最近日本でも注目されていますが、ドイツMittelstandの特徴と属性です。
表3.ドイツ Mittelstand(ミッテルシュタンド)の特徴と属性
〈戦略上の特徴〉 |
〈属性〉 |
・差別化された製品への特化 ・グローバリゼーション ・顧客との密接な関係とアフターサービスの重視 ・ブランド・品質重視 ・イノベーション・R&D投資 ・従業員との長期的関係 |
・B to Bが多い。 ・比較的古い産業に多く、ICTが少ない。 ・地方に分散。地域に根を張っている。 ・家族所有 ・家族的経営 |
このミッテルシュタンドは、古くからあるマイスター制度を基礎にして築き上げられたものですが、日本の伝統的なものづくりを継承している老舗企業に共通したものがあります。日本の中小企業の海外展開にとっても参考になると思われます。
Ⅲ.日本の中小企業は世界のニッチを探せ
以上、日本の中小企業の海外進出について、老舗企業の経営のあり方を中心に、日本の2倍の輸出額を持つドイツと輸出政策に力を入れている米国の中小企業との比較をしながら見てきました。品質の高い製品やサービスを提供できる日本の中小企業は、確かなニーズがあるところ(ニッチ[6]
な場所)にじっくりと腰を落ち着けてビジネスを展開するのが一番と思う次第です。
海外へ販路を求める中小企業を支援する中小企業診断士として、この様な長寿企業の経営理念も念頭において後押しをして行きたいと思っております。
以上
(2015年4月)