日米貿易摩擦の経験から

国際部 野村 純一

 私は仕事の関係で1988年から1995年にかけて電気通信分野の日米貿易摩擦に関わったことから、そのときの経験が現在に至るまで役に立ってきました。ここでは、その中から参考になるいくつかの事項を紹介することとします。

1. 日米貿易摩擦の背景と状況
 日本は戦後の高度成長からオイルショックを経て安定成長を続けたが、1970年代から1980年代に入ると自動車や電機製品等の輸出が非常に大きくなり、貿易黒字が急増した。

  

そこで、日本の輸出競争力が強すぎるとして、変動相場制への移行とプラザ合意により為替レートの変更(円高ドル安)が行われたが、日本の貿易黒字は容易に縮小しなかった。

  

 特に、対米輸出が急拡大したため、輸出額の大きい製品分野ごとに米国内の産業界からの反発が大きくなった。したがって、日米間貿易のアンバランスを緩和・解消するための必要性から、日米二国間の貿易交渉が行われた。
  これがいわゆる貿易摩擦であり、主な分野別貿易摩擦は次のとおりである。
 1960年代  鉄鋼摩擦
 1970年代  カラーテレビ摩擦、自動車摩擦
 1980年代  半導体摩擦、牛肉・オレンジ自由化
         米国包括通商法(スーパー301条)、日米構造協議
 日本の対応は、自動車等において輸出の自主規制を行うこと、輸出よりも現地生産を進めること、農産物や電気通信機器等で市場開放を進めること、などであった。

2. 電気通信分野の日米貿易摩擦
 当時の日本国内電気通信事業は日本電信電話株式会社(NTT)のシェアが非常に大きく機器の調達市場も日本メーカーが大半を占めていた。そのため、米国政府はNTT調達市場の開放(海外メーカーにも参入機会を与えること)を求めて日本政府と交渉を行った。
 その結果、NTT調達協定の締結がなされ、電気通信機器の調達を透明な手続きとすることが約束された。この協定によって、個々の調達案件において協定に沿った手続きが実行されているかどうかを監視するとともに、全体に海外からの調達額が拡大しているかの評価も行われることとなった。また、半導体協定における違反の有無やスーパー301条の適用是非も議論された。
  もともとは、NTTが研究開発成果を用いて電機通信機器を国内メーカーとの共同開発する形で、既存設備とも互換性や接続性を保ちつつ最新の高度技術を盛り込むこととしていた。これは、当時の米国・欧州・日本の技術が国際的にも標準として認められていたことから、日本だけが不当というには当たらない状況であった。
  しかしながら、日米貿易摩擦に直面したNTTは、自ら市場を開放することが長期的に企業価値の向上に貢献するという認識に立って、調達手続きの改善とともに調達可能な海外製品を拡大する努力をすることとした。
  最終的には、電気通信分野で使われる技術の進歩・変遷によって、特定の国が自国の機器仕様を定めて調達するよりも広く国際的に使われる機器類が事実上の標準(デファクト・スタンダード)となることで状況が落ち着いた。

3. バブル崩壊から今日への変化
 バブル崩壊を経て、今日の世界は大きく変わってきている。近年の中国の経済的発展は、米国にとっての貿易相手としての日本の位置づけを低下させたため、必然的に日米間での貿易摩擦の要因が減少したといえる。

  

 また、自動車等のメーカーが米国で現地生産を拡大することが、輸出入による貿易摩擦が減少する大きな要因となった。

  

4. 貿易摩擦の経験から気づくこと
 貿易摩擦に携わった経験から、次のようなことに気づくようになった。
①国家(政府)は自国の産業を振興して国際的にも競争できるレベルに引き上げるために、関税あるいは非関税の貿易障壁で国内産業を保護することが多い。外国製品が自国市場を侵食して産業が衰退し雇用が失われることは国内政治問題として避けなければならない。しかし、政府は外交面で様々な利害関係を有しているので、内政と外交のバランスをとることに苦心する。
②どの国においても、自国の産業の国際競争力が強い分野では自由貿易を支持し、弱い分野では保護貿易に向かう傾向にある。電気通信分野(NTT調達)における米国は前者で、日本は後者の色彩が濃かったといえる。一方で自動車分野においては日本が前者(自由貿易的)で、米国が後者(保護貿易的)であった。また、米国は農業分野においては、牛肉・オレンジやコメなど輸出競争力が強い場合には他国市場の開放を迫る一方で、同時期に農産品に輸入課徴金を課している場合もあった。
③自国産業の国際競争力は絶対的ではなく相対的なものである。かつては日本の鉄鋼産業やテレビ産業は非常に強かったが、韓国や中国が競争力を飛躍的に増大したことによって、日本の立場は大きく変わってしまった。
④グローバル化が進展することは世界の趨勢であり避けられないが、それにどのように対応するかは当該国の戦略(政策)によって相違する。保護主義的な政策を取れば自国の産業が短期的には生き延びることができるが、中長期的に産業を強くしていくことや産業構造の転換を図ることは難しくなる。しかし、何も対策をせずに自由化に踏み切れば、産業が大きな損害を被って立ち直れなくなる危険がある。

 今日では、グローバル経済の相互依存がますます進んでいるため、単純な二国間の貿易摩擦といった事象よりも様々な国の様々な利害関係の調整が行われるようになった。
 TPPのような一定の地域でブロック化して貿易協定を結ぶことが多くなっているが、その基本となるのはやはり二国間交渉であり、次のような貿易摩擦の経験が生きている。

≪貿易摩擦は対峙する国同士が市場開放と産業育成のバランスを短期的と中長期的の両面から考えることであるが、基本的に一方的な勝利はありえない。したがって、互いの状況を把握した上で適切な妥協をすることにより、全体的な利益を最大化することが望まれる。≫

以上

(2016年2月)



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