豊島区中小企業診断士会の太田尾会長     聞き手・文:津田 美奈江(地域支援部)

1回目は、昨年会長に就任されたばかりの、豊島区中小企業診断士会の太田尾会長にお話を伺いました。


1. 豊島区中小企業診断士会の生い立ち
2. 会長としての取組み
3. 課題は資金源の確保
4. 豊島区中小企業診断士会の会長に就任されたメリット・デメリット


1.豊島区中小企業診断士会の生い立ち
津田:城西支部の中で豊島区診断士会をPRしたいとか、訴求したいことなどあったらお聞きしたいのですが。
太田尾会長:豊島区中小企業診断士会は、初代会長の川端先生が昭和39年より豊島区の商工相談員をしておられて、その関係で豊島区から商業活動に関する調査をやってくれと依頼を受けたのが始まりと聞いています。この調査を行うためには組織が必要だということになり、豊島区内の診断士とか経営士、税理士などを集めてその調査のためだけの組織を作りました。昭和44年ごろですね。それを5年間続けた。それが非常に評判良くて、日経なんかにも載ったらしいんです。それで区の方も、商店街だけでなく、今後も継続的に、個店診断、つまり保証協会の融資を受けられた事業者さんのフォローもやってくれってことになった。
 それで、安定的な組織を作ろうということになって、豊島区中小企業診断士会を立ち上げたんですよ。それが昭和49年。東京都の区の診断士会では一番早かったんじゃないですか。その流れを汲んで、新井信裕先生が杉並中小企業診断士会を立ち上げられた。
だから新井信裕先生にお話を伺うと、「俺は川端さんのやり方を参考にしてつくったんだよ。」ってよくおっしゃるんですけどね。(笑)
 当時は、中小企業診断士は公共診断をするためにつくられた資格、という位置づけだったから、それで豊島区の依頼を受けて、ずっとやってきた。当時は他にそういうことをしているところがなくて、中小企業診断士を取っても、その実践の場がなかった。企業内の人ばかりでなく、みんな実践の場を求めて豊島区診断士会に入ってきたんですね。多い時には100人ほどの会員がおり、診断件数も300件くらいありました。100人くらいの会員のうち、60人くらいの会員が年間5件やって、それでも10年やれば50件ですからね。そういう経験をもとにみんな独立していった。
 他の新宿や中野なんかも、大体似たような感じでできたんじゃないですか。
そういういきさつがあるから、各区の診断士会は地域に密着した、地域の診断士会と言う意識が強いのだと思います。
 ただ、東京協会も各区の診断士会も同じ中小企業診断士の組織を名乗っているのに系列は違うと言っても、第三者から見たときに、非常に分かりづらいという話はよく聞きますよね。東京協会の配下に各支部がある。そして区の診断士会があったら、同系列と考えますよね。現に東商豊島支部なんかも行事があるとそういう認識でいます。そう認識するのは、ごく普通ですよね。他の士業、税理士なんかも、地域ごとに各支部に分かれています。新宿支部とか、杉並支部とか…そしてその上には必ず上位組織がある。周りから見ても分かりやすい。だから東商の人たちなんかも、診断士会についてもそう理解していると思うんです。
 従って、運営は独立していても、各区の診断士会は東京協会や城西支部と緩やかな関係で結ばれていると考えるべきだと、私は思います。もっとも、診断士以外の会員がおられるところもあり、難しい問題です。豊島区診断士会は、規約上は診断士以外の経営コンサルタントも入会できることになっていますが、現在は、すべての会員が診断士です。

 

2.会長としての取組み
津田:ところで太田尾会長は就任されてどのくらいになるんですか?
太田尾会長:私は去年就任したんですよ。
津田:えっ、ああ、そうなんですか。
太田尾会長:その前は西川先生が13年やっていました。
先ほどの話に戻るけど、私が診断士を登録したのは平成6年、もう25年前になるんだけど、当時、豊島区診断士会は4区診断士会の中で独り勝ちと言われるくらい勢いのある存在だったんです。ただ、そのあとがいけなかった。商店街診断なんていうのはもうとっくの昔になくなったし、個店診断もね、どんどんどんどん削られていった。結果として、行政との関係が希薄になってしまった。区の診断士会っていうのは、行政との関係が切れたらもう、どうしようもない。これは、どこの診断士会だって同じじゃないかな。
 だから私が会長になってまず取り組むべきは行政との関係改善、それが私に課せられた役割だと思います。
今の杉並診断士会さんなんかは、行政との関係を非常にうまく築かれており、難しいとは思いますが参考にさせていただこうと思っています。
 そして一番感じるのは、私ももういい年になっちゃったけど、若返りの必要性を痛感しています。
色々他の士業の会合とか、東商の会合とか、呼ばれて行くと、皆さん若いんですよ。公認会計士会や司法書士会の豊島支部長とか、みんなね、40代ですよ。そんな中に混じるとね、(笑)診断士会も、若返りを図る図ると言いながらなかなかそれができてない。もちろん、活躍するのはいいことなんだけれど、会とか作った時に、ある程度若さがないと、と思うんだけどね。(笑)
津田:まあ、今70歳でもまだまだお若いですからね、その方たちの培ってきた経験やノウハウを活かすべきと言うのもあって、今は一概に年齢と言う定量的な見方では判断できなくなってきているのかもしれないですね。

 

3.課題は資金源の確保
太田尾会長:今、我々は、区の中央図書館でビジネス相談っていうのをやってるんですよ。最初は区から補助が出てたんだけど、今は全く出ていない。それでも、我々弱い立場で、だからと言って区と完全に切れちゃうと、とっかかりがなくなっちゃうわけですよ。だから今までの内部留保とかを崩しながらそういう事業をやって、新しい人には、そういうとこを訓練の場として活用して経験を積んでもらっている、その辺は少ない人数だから廻しやすいんですよ。
津田:少ないって、今会員数は何人くらいなんですか?
太田尾会長:今、40人くらいですね。
津田:えーっ、ずいぶん減ったんですね。
太田尾会長:そう、一時の半分以下になりましたね。
減少した原因っていうのは、やっぱり、仕事ですかね。さっき言った、診断業務なんか、どんどん削られて、診断士にとっても、活躍するする場がないと、会に入っていても仕方ないということになってしまう、それは当然のことですよね。だから我々今やっているのは、さっき言った図書館でのビジネス相談事業と、あと西武信金さんとも共同で、月1回ビジネス相談をやっています。それと、区役所でやってる、他の士業さんとの専門家合同相談というのに参加したりしています。
あと、豊島区診断士会としては、今後継続して行きたいのは、さっき言った相談業務とか、「おもしろマーケティング」、これは区商連(豊島区商店街連合会)さんと一緒にやっているんだけど、区商連の新年会で表彰するんです。区商連は、それを商店街活性化の一環として考えている。我々も、商店街の活性化のために提案するにはね、やっぱり商店街の中に入り込んでいかなくちゃならない、それには資金をどうするのかと言う問題もあるし、難しいですね。
津田:ボランティアでは…?
太田尾会長:う~ん、ボランティア、でも我々はボランティアの団体ではないですからね。中にはボランティアでやらざるを得ないこともある、でもそれは、何かのきっかけを掴むためのものであって、ずっと常にボランティアでやってしまうと、行政からもタダで使えるものと見られてしまいます。
津田:では、資金源の確保が課題ですね。
太田尾会長:そうですね…。


4.豊島区診断士会の会長に就任されたメリット・デメリット
津田:そうそう、会長に就任されて、良かったことや逆にデメリットがあったら教えてください。
太田尾会長:良かったことは、豊島区の各種団体などからイベントに呼ばれるから、色々な人と知り合いになれる。人脈は確実に拡がりましたね。
デメリットはね、私も歳だから雑用が大変なこと、それと、いろんなイベントが増えると、それに出ていくのが大変、新年会なんか、1週間に4日もあって、さすがに疲れましたね。
津田:そうですよね、細かいお仕事も大変だと思います。
太田尾会長:本日はお忙しい中、面白いお話をお伺いできて良かったです。ありがとうございました。

 

【編集後記】
 初めてお会いしましたが、一緒にいるとホッとする雰囲気の太田尾会長。とても穏やかで、かつ豊島区診断士会のことを思う気持ちがひしひしと伝わってきました。お話しできる機会を頂けて、この企画に感謝です!